あおいろ濃縮還元

虎視眈々、日々のあれこれ

キウイの苦み

旅情に飢えている。それも国内ではなく、どこか遠い異国の情緒に焦がれている。荘厳な大聖堂、レモン色のまばゆい太陽やビーチ、バイクが飛び交う砂っぽい道路、地元の人でにぎわうマーケット、建物自体が芸術品であるような博物館、なんと発音するのかよくわからない名前の食べ物、呪文のような外国語。気づけばYouTubeの視聴履歴には宅トレ動画と海外旅行のVlogばかりが残っている。エッセイでも借りようと思って図書館に来たのだけど、スペインのガイドブックを手に取っていた。結婚式の準備に夢中になるあまり、スペイン語の学習がまだアルファベットで止まっているのを思い出した。そのことで叱られたのも、まとめて思い出す。

 

無職になったらやりたいことが山ほどあった。本をつくるのが最も大きな野望であったのに、日々の家事をこなし、結婚式にまつわる準備をしているとパソコンを開く余裕はなかった。PMSと気象病で月のほとんどは具合が悪いので、適宜休みながらやると要領が悪い私ではそういうことになる。見かねた夫に「今年のことを振り返ったときに、打ち込んだことが結婚式準備だけだったらどう?やりたいこと、できてないんじゃないの?」とお灸を据えられた。いや、好きでやってるけど、手伝ってくれたらこんなに時間費やすこともないんだけど……と言われた当初は腹が立ったが、夫が言いたいのはそういうことではない。四六時中インスタやピンタレストで情報収集する暇があったら小説の1行でも書いたり、焼きたがってたシナモンロールでも作ればいいじゃんということで、きっちり区切りをつけて必要な分だけ必要なことをやりなよ、という意味だ。のめり込むのはよくない。ほかのことにも目を向けて、無職をたのしくエンジョイしよう、と兜の緒を締めた。

 

そんな感じで、いろんなことをしている。オールドファッションを揚げたり、なんでもない日の昼食にブルスケッタをこさえてみたり、何種類かのスムージーを作ったり。スムージーに関して、はちみつは砂糖で代用してもなんの問題もないこと、小松菜をいれる時は細かく撹拌しないと、シャキッとした触感が残って気持ち悪いことなどを学ぶ。ひどく苦いキウイスムージーができあがって、ヨーグルトか牛乳でも悪かったのかと焦ったけれど、キウイは乳製品と混ぜるとタンパク質分解酵素によって苦みが出るらしい。スムージーでひとつ賢くなった。

 

朝の体操もしている。眠くて仕方ないときに、たった3分でも体操を取り入れると自然に目が冴えることを知った。生理痛の緩和に効くときいて、朝は体操のついでに骨盤のトレーニングもしている。はたして効果はあるんだろうか。ウエディングドレスをきれいに着るために上半身のトレーニングに勤しみはじめたら、近頃埋もれていた鎖骨がはっきりと出てきた。巻き肩もよくなり、首が長く見える。丘陵のごとくなだらかに盛り上がった肩の凝りも、心なしか和らいだ。郵便が来る予定もなくひとりでいる時は、意味もなくキャミソール姿でうろついたりする。マッチョな人がやたら筋肉を見せびらかしたがるのって、カッコイイ俺を見てほしいんじゃなくて、努力の結晶を見てほしいのか、と腑に落ちた。

 

この頃観た映画では、エマ・ワトソンが出演している「美女と野獣」の実写版が最もおもしろく、夫は暇さえあればルミエールになりきって「Be Our Guest」を歌っている。野獣よりもガストンのほうがよほど獣に近いと常々思っていたから、ル・フウの歌うある一節がすごくよかった。子どもの頃ぶりに鑑賞した「ナイトミュージアム」シリーズ、ラリーの懐中電灯さばきに十何年経っても新鮮にしびれた。このあと帰ったら「テネット」を観ようと思う。お徳用の新玉ねぎと特売の鶏むね肉、異国について書かれた3冊の本とでリュックが重い。