あおいろ濃縮還元

虎視眈々、日々のあれこれ

思考を換気する

夕方の日差しを含んだ川面はモネが塗ったみたいな優しい緑色に光っている。雲をたたえて淡いピンクに輝く空の作画もモネだろう。10日ぶりの出勤、からの帰り道。印象派みたいな夕方だった。しばらく外に出ていない間に日が短くなっている。野菜の直営所に玉ねぎが売っていないか覗くと、いつも野菜が売られているスペースをおびただしい種類のりんごが占有していた。りんごの季節、なのか?そのうちクラシックな佇まいのアップルパイでも作りたいと考えながら何も買わずに出た。マスクを顎まで下げてぼんやりと煙草をふかす老人の、シャツの背中にタンクトップの形がくっきり浮き出ている。私が喫煙者だったら、こんな涼しくて美しい夕方に煙草を吸ったらさぞかし気持ちいいだろうなと思う。外に出ると、本当にいろんなことを取り留めなく考える。最近胃を壊した原因はストレスじゃないかと言われ、特に大きい心当たりはなくて不思議だったけど、在宅勤務になって、ずっと家に1人でいて気が滅入っていたのかもしれない。部屋だけじゃなくて思考も換気しないといけない。ぐるぐる、ぐるぐるとプロペラを回して、内に溜まっている澱んだ空気は吐き出して、澄んだ外気を取り込まないといけないのかも。脳みそも。

 

生還

先月ワクチンを打って、冗談じゃなく死ぬかと思った。脅しとかじゃなくて自分の記録のために書いておく。

県の実施する集団接種を受けた。会場まで車で1時間ほど。一緒に接種する彼氏に送ってもらったのが今思うと運命の分かれ道だったかもしれない。生理中でイブを服用していることを看護師に相談すると、辛ければ寝たまま打ったり待機時間を長めにとることも出来ると言われた。そこまで辛くなかったのでそのままでお願いした。筋肉注射はインフルの予防接種に比べて全然痛くないとか、爪楊枝で弾かれた程度の痛みだとか聞いて油断していたら、今まで打った注射の中でいちばん痛かった。油断しきっていたせいかもしれない。打った直後にすぐ腕が上がらなくなり、微熱めいた怠さがあって、でもまあこんなもんかと思った。副反応対策でポカリを飲みながら帰っていたら、もうすぐ家に着くという段になって頬が麻痺してきた。歯医者で麻酔をしたあとみたいな。すぐに喉が狭まっていくような感覚があり、息が苦しくなり、みるみるうちにポカリも飲み込めないほどになった。車の窓を開けて死にかけの金魚みたいに酸素を吸うことしかできなかった。彼氏がすぐ救急に電話を掛けてくれた。容態や時間からしアナフィラキシーではないと思うので○○分ほど様子を見て(何分と言ったか覚えていない)それでも良くならなければ来て下さいとのことだった。膝から下の震えが止まらず、夏だというのに恐ろしく手は冷え、何より息苦しくて息苦しくて死を覚悟した。ちっとも良くなる気配がないため休日外来にかかった。アナフィラキシーではないが何らかのアレルギー反応かもしれないとアレルギーに効く薬を貰い、気休めの点滴を打ってもらってようやく落ち着いた。彼氏が仕事の日に1人で接種しに行っていたら、パニックを起こしてもっと酷いことになっていたかもしれないし、病院に行く術もなくひとりで倒れてそのまま死んでいたかもしれない。症状的にそこまで重篤ではないから死ななかっただろうけど、考えただけでゾッとする。その後副反応自体は2日ほどで収まったものの、頬や口の中や喉が麻痺するような息苦しさは断続的に現れ、アレルギー症状のようなものに2週間ほど悩まされ続けた。何のアレルギーかも分からず、今度こそアナフィラキシーショックを起こしたら本当に死んでしまいそうなので2度目の接種はキャンセルした。ワクチンは無料だというのに通院費と薬代は結構かかった。こういうの免除は無理でも減額してほしい……。もう完全に良くなったが、今度はPMSで伏せっている。ワクチン接種直後のPMSや生理はとんでもなく重いらしい。微熱がいつにも増して酷すぎてよっぽどコロナを疑った。

別に脅すつもりで書いたわけじゃないけど、周りがみんな受けてるから打つとか逆に周りが打ってないから打たないとか、流されずに自分で判断したほうがいいというのを言いたかった。もし流されて打って副反応で死にかけたり、流されて打たずに感染して死にかけたりしたとき、きっと自分で覚悟して決断していないとより強く後悔する。私は自分で決めたことだから後悔はしていないけど、もし風評被害が怖くて無理に打っていたらものすごく後悔していたと思う。何はともあれ生きててよかった。

 

湯水

大学受験ぶりに英語の文法を勉強している。文法の勉強、大嫌いなのに他のどれより気持ちよくて困る。英語の勉強において、単語の暗記は、知識がこつこつ積み重なっていく実感があってしんどいけど楽しい。スポーツをし終えた時みたいな心地いい疲労と充足感がある。長文読解は麻薬である。アドレナリンがドバドバ出る。中学生の頃から長文読解が異様に好きで、涎を垂らさん勢いで読んでいた。長ければ長いほど興奮した。そんな中にあって文法の勉強はどうにも苦痛で嫌いだった。関係代名詞だのSVCだの副詞的用法だのと覚えることが異様にあり、ただ暗記するだけではどうにもならない。理解するまでものすごく苦痛なのに、理解した瞬間は一番気持ちいいから本当に参る。微電流が血管を走り抜けて全身に弾ける。何より英語の勉強においてのみエクスタシーにも似た快感がゾクゾクと駆け上がっていく自分の変態性に最も困ってしまう。私は偶然その対象が英語であったが、数学や世界史やマクロ経済学などに同じ気持ちを抱く人もいるだろう。学問は時に快楽を帯びる。

 

歳相応の女性になるため、万年ユニクロ女を卒業したい。服だけでなくコスメや持ち物なども含め、大学生のとき安さにかまけて妥協したものたちからきっぱり足を洗いたい。いきなり全てを良いものにするのは無理があるから、アハ体験のように少しずつ切り替えているところ。ワンシーズンに1着はユニクロ以外の服を買いたい。春は間に合わなかったけれど、5年酷使して遂に壊れたチープカシオを憧れていた時計に替えた。夏は格好いいノースリーブのオールインワンを手に入れた。そして秋である。地元の北海道には秋がなかった。夏が終わったと思ったらすぐに本州の冬ぐらいの寒さにまでなる。自転車通学をしていた高校生の時分、9月だか10月だか、そのぐらいには向かい風が厳しすぎてもうマフラーを巻いていた。そんなわけで秋服といったものを初めて買った。推しがディレクターをつとめるブランドのニットベストを注文した。オーバーサイズのベストなど似合うのか全くわからなくて変な意味でドキドキしている。でもきっとこれをシャツの上に重ねて働いたら幸せだと思う。歳相応の美しい女性になりたい、美しいとは顔面の話ではなくて。わかるでしょう。

夕立

職場が臨時で閉まることになった。デルタ株の猛威がこんな田舎にまで潜り込んできたら本当に大変なことになる。行政として適切な英断であるとは思うけれど、それはそれとして悲しくてやるせない。私は芸術を不要不急だと思わない人たちのためにこの仕事を頑張りたいのに。荒んだ情勢のなか、エンタメを心の拠り所にして食いつないでいる私のような人たちからこれ以上エンタメを奪いたくないのに。こんなの人体実験だと思いながら死ぬ思いでワクチンを打ったのも、第一には職場にウイルスを持ち込みたくなかったからで、1週間が経っても副反応に苦しんでいることがいっぺんに虚しくなった。わかっているつもりだけど、理解できることと割り切れることは違う。

 

心が死にそうだ、と思って貯まっていた楽天ポイントをはたいて「たゆたえども沈まず」を買った。なにも考えていなかったけど私の仕事とかなり関係のある分野の小説で、無意識に恋しくなってしまっていることに気づく。お取り寄せでの購入になるらしいが、休暇中には優に間に合うだろう。休みは3週間ほどもある。カヌレ型でも買って理想のカヌレを極めようか。自暴自棄にでもなってローラメルシエのコスメを買おうか。中途半端に再生しかけているエヴァと、MIU404を一気見もしたい。この穴をどうにか埋めようと思ったとき、思い浮かんでくるのはやっぱり生きるために不要不急に思えるようなことばかりで、そういうことたちに私は日々救われていると思い知る。だから救いたかったんだけどなあ。

 

これは人生の休暇、と思いたい。

まぼろしゆれる

憧れのライブハウスは幕を閉じてついに憧れのまま終わる。告白せず閉じた片想いみたいに、散ることなくただ小さくなって消えた線香花火みたいに、きっと未練は消えないまま胸に残り続ける。不在として在り続ける。終わらないままなくなったものはいつまでも終われない。思い出を語ろうにもその思い出がないのが何より切ない。幻や蜃気楼やチェシャ猫のように揺れ続けるだけだ、いつまでも。

 

久々のブログだから近況もついでに綴る。更新していなかったのは書きたいことがなかったからじゃなく、何を書いても薄っぺらくぼんやりして見えてうんざりしていたから。心底幸せで平和に凪いでいる時に書ける文章なんて綿飴ぐらい中身がない。最近はイギリスのドラマに傾倒していた。「シャーロック」は有名すぎて語るべくもないが、「このサイテーな世界の終わり」は邦題が恐ろしくダサい以外はサイコーだから是非観てほしい。お盆休みなどなく、無理に捻出した2連休で私の夏休みは終わったが、日が沈みきる前からピザを食べてビールをあけてプロジェクターで映画を観た。ウーバーイーツ対象外どころかピザの宅配エリア外の田舎に住んでいるもので、すっかりご無沙汰だったピザーラは罪の味がした。なんとかワクチンの予約ができたものの副反応に脅えて冷えピタを買いに奔走した。スーパーにも薬局にもどこにもなかった大人用冷えピタはファミリーマートに普通にあった。鮮やかなオレンジのガーベラを買った。今まで部屋に合わせて落ち着いた色の花を選んでいたけれど、落ち着いた部屋だからこそビビッドな色が映えるとわかった。初めて本州で迎えた夏は溶けそうに暑い。一昨日からは涼しくなってエアコンを切っても過ごせるようになった。大好きな夏が終わる前に手持ち花火をしたい。なぜか彼氏が買ってきたプリキュアのやつ。

 

白いあじさいが欲しい

スーパーの花屋で白いあじさいと目が合って、とたんに一目惚れした。キュン通り越してギュンときた。淡い水色や紫色をしたノーマルなあじさいですら清楚なのに、白いあじさいは輪をかけて清楚だ。アイドルに例えるなら乃木坂。いまダイニングテーブルに飾っている花たちが盛りを終えたら買おうと思う。とはいえ道の駅で手に入れた3色のスターチスもたいそう気に入っている。くすんだ紫とピンク、アクセントに光る黄色があまりに可憐で、生まれて初めて花を買った。家に花を飾ってみたかったんだと彼氏が嬉しそうに言っていて、少なくとも半年同棲していたという前の彼女は花を飾る女ではなかったのだなと思った。なんか少しほっとした。

 

彼氏が定時で退勤できる日は、最寄り駅で待ち合わせていっしょに帰る。たいていは手を繋ぐ。呼吸のように繋ぐ。重くて持てなそうだからと買い物袋を持ってくれて、狭すぎる路側帯で私が轢かれないように車道側を歩いてくれる。女の子扱い由来のエスコートは吐きそうなほど苦手だけど、人間扱い由来のエスコートはかなり好き。前者は「女の子だから荷物を持ってあげなきゃ」「女の子には歩道側を譲ってあげなきゃ」みたいな感じで、これをしてくる人ってエスコートできる俺カッコいいと言わんばかりのドヤ顔をしてきて冷める。そうではなく、「重そうだから荷物持ちを代わる」「危なっかしいから歩道側を譲る」という、女性としての私じゃなくて人間としての私を思いやってくれるエスコートが好きなのだ。手厚くまもられながら家まで歩くたった十数分が愛おしい。光の街の、「橋から見える川の流れは今日も穏やかで日差しを反射してキラキラと海へ向かってゆく」という冒頭の歌詞をそのまま焼き付けたような日々を歩んでいることに、幸福でめまいがする。

 

ネイビーレイニー

昨日の朝早く、祖父が亡くなった。葬儀には出ないことにして仕事へ行った。形だけでも喪に服そうと思って黒い服を探したけれど、仕事着にできるいい感じのものがなくって全身ネイビーになった。ネイビーのシャツとズボンとで果たして喪に服せるのだろうかとは疑問だが、いつも通りに過ごして、いつもより少しだけ頑張ることが供養になればいいと思った。「おじいちゃん亡くなったけど葬儀出ない。仕事行ってくる」と連絡事項のように告げたとき、彼氏が無言でツーッと涙を流し始めて、なんでお前が泣くんだよって笑えた。仕事はわりと忙しくて、悲劇のヒロインぶって余計な感傷に浸らずに済んだ。

 

ひとは死ぬ、仕方ない。この状況下で葬儀に出ないことも、この先親族にねちっこく責められるかもしれないけれど、仕方ないと思いたい。私は一介の下っ端職員にすぎないけれど、クラスターを出したわけでもない博物館・美術館たちが、緊急事態宣言下にあって休館を余儀なくされている現状を哀しいと思ってる。常設展のように延期で済むならいいものの、海外から借りた作品を展示している場合は期限内に返却しなくてはならず、休館したまま会期を終了せざるを得ない。照明の光にすら弱く、展示したあと丸1年ほど休ませなくては展示し直せないデリケートな作品もある。そういうことを間近で見てきて、私は、芸術を殺したくないと思った。

 

葬儀のために帰省して感染したとして、クラスターを出さないにしても、そんな迂闊なことのせいで槍玉にあげられたくない。だから帰らないと決めたこと、冷たいと責められても仕方ないと思っているけど、この先つらくなるかもしれないから決意としてここに残しておく。ほんの1ミリだって携われたからには守りたい。私は芸術に恩がある。梅雨入りした本州にあって星は見えないが、そのぐらいがちょうどいい。ビールを買って帰ろうかと思ったけれど感傷じみているからやめた。厳格に見えて泣き上戸なおじいちゃんに湿っぽい別れは酷だから、このぐらいがちょうどいい。寒くも暑くもない雨の5月、いつか私も生涯を閉じるならこんなちょうどいい季節がいい。