採血の痕が消えないうちに別件でまた採血をする。ずっと健康そのもので予防接種以外の注射はほぼ打ったことがなかったのに、今年の夏に差し掛かってからは数えきれないほど打っている。24歳、おそらく完全にガタがきていて、いつまでも若いような気でいた慢心を打ちのめされた。思いっきり。
様々な不調が起こって数件の病院をはしごしているけれど、どれも原因はストレスだろう。きちんと毎日同じ時間に起き、バランスのいい3食をとり、毎日同じ時間に寝て、栄養状態も生活習慣も人生で最高にいい。ストレスしか考えられない。地元を出てから家族や友達と会えるはずもなく、ライブなど行けるわけもなく、積もっても発散出来ないストレスをそれでもなんとか仕事やデートで癒して食いつないでいた。緊急事態宣言が下り、1ヶ月在宅勤務になって、それも全部駄目になった。
ずっと家にひとりでいると徐々に壊れてくる。彼氏が残業から10時に帰ってきたと思えば、ご飯を食べて11時には疲れて寝落ちしてしまう。ふたりでいてもひとりきりな気がして、それは単純にひとりきりでいるより遥かに辛かった。体調を崩し、休みが合っても私だけ寝たきりで過ごすことが増えた。一緒にスーパーに出掛けるささやかな幸せすら潰えた。寝たきりの生活が辛くて泣き言ばかり増える私を、残業続きで余裕のない彼氏は受け止めきれず、そのことが悲しくて毎日泣いた。家にしか居られないのに家に居ると辛くなった。どうしようもなかった。ここに根を張って居場所をつくろうと思って地元を飛び出してきたのに、地元にもここにも居場所がなかった。そんな気がした。
昨日、喧嘩こそしないものの酷くピリついて、思わず漏れた嗚咽でごはんが喉を通らなくなって、箸を置いて彷徨うみたいに家を出た。家以外の場所で空気を吸いたかった。どこかに行きたかったけど、近所にコンビニなどない。川を見に行こうと思ってふらふら歩き出した。星が綺麗だった。地元には咲かない金木犀の香りがする。あー、私、どうしても地元を抜け出したくて、この場所に根を張りたくてここまで頑張ってきたんだった。今はまだ中途半端かもしれなくても、それでも見知らぬ土地でよくやっていると思う。つめたい秋の夜風に濡れた頬が乾いていく。この涼しさのなかを半袖で出歩くのも馬鹿らしくなって、5分も経たずに家に戻った。
しっかりと話し合いをして、耳が痛いことを言ったし言われた。解決策はあまり見い出せなくとも、肩の荷がおりてメンタルは前を向いた。嘆いても何も始まらないなら明るいふりをして進むしかないのだ。体調不良を抱えたまま仕事をこなし、そのまま病院へ行く。レントゲンをとり、血液検査をする。肘の内側へ針がとおっていくあの痛みにいつまでも慣れない。病院なんて大抵嫌な医者と嫌な看護師に嫌な対応をされるものだと思い込んでいたのはどうやら私の地元だけの話かもしれない。ここでは医者も看護師もみんな泣きそうなほどやさしい。今日はまだ検査をしただけで、結果はわからないけどまたひとつ解放された気持ち。
帰り道、イヤホンを嵌めてシャッフル再生する。『リニアブルーを聴きながら』が流れる。私の人生のテーマソング、と勝手に思っているから、乱れた心臓がことさら跳ねた。「リプレイ、まだ平気かい?止まれはしないんだよ」。歩き慣れて身体に馴染んできた街の風景に愛する曲が重なって、猛烈に泣きたくなった。ライブに行った時に込み上げてくるあの、笑顔と涙が同時に溢れてぶつかり合う、あれと同じような感情。
どこにも居場所がない気がしてた。でも居場所っておあつらえ向きに用意されてるものじゃない。未舗装の草原を切り拓くように、そうやって今までも生きてきたじゃない。金木犀の匂いをのせたぬるい夜風が吹きつける。地元には吹かない香り。もうこんなに遠くまで来てしまった。そのことが堪らなく嬉しくて誇らしい。イヤホンの音量をひとつあげて、今日は得意なオムライスをつくろうと思う。