ガストに行くたび、夫はネコ型の配膳ロボットに熱い視線を送っては色めきたつ。遠くの席、40か50ほどのいかつい男性も、ロボットへ照れたように微笑みかけている。食後の抹茶パフェをふたりで分けながら「ファミレス行こ。」のことを考える。ファミレスに行くたびに思い出すんだろう。ふたりのことを、まるで実在する人間のように。
きっちりと整った日記を書かなくなったら、書きたいことが溢れだすようになった。私にはこのほうがいいのかもしれない。書きたくてたまらなくて、飢えて、こうやって考えたことを書き散らす程度のほうが。いろんなことを考えて、こねくり回して、どうにもならなくて吐き出す。このほうがいいのかもしれない。飢えが足りない。
私は秀才に過ぎなかった。でも、それをわかっていることが強みだと思う。皿を洗いながらそんなことを考える。最近は昔のことによく思いを馳せる。すこし感情的に、でも以前よりはフラットに。おとなになったと思う。親指の傷につめたい水が染みて、排水溝からいやな匂いがする。冬と春の、ちょうど合間にいる、と思った。あしたはヨーグルトにバナナを切っていれよう。