あおいろ濃縮還元

虎視眈々、日々のあれこれ

引力

うわっ、この人、私のこと好きになりそう。

今の彼氏と初めて会った瞬間、ほんとうにそう思った。「私、この人のこと好きになるかも♡」ではなくて。「この人みたいな系列の顔の男、大抵私のこと好きになるんだよな……」と一ミリも好かれてないのにげんなりすらしてしまった。ごめん。でも実際そうなったから許してほしい。

 

新しく入ったバイト先の先輩だった彼は、某大王バンドのベーシストにものすごく似ていた。私は当時、なぜか決まって某ベーシストに似た男にばかり好かれることが続き、相当げんなりしていた。中肉中背だがややガッシリした体つきをしており、一重で、賢くてプライドも高い。そういう人ばかりを引き寄せる星の元に生まれた私は、その全てに当てはまる先輩のことを勝手に警戒していた。

しかし当時はお互い相手がいたりいなかったりしたので、何か発展するわけでもなく、そんなことはすぐに忘れた。なーんだ、さすがに違うよね!ガハハ!!と余裕ぶっこいてたら、二年後、突然サシ飲みに誘われた。

 

大人数ですら遊んだことのない私を、なぜいきなりサシ飲みに誘ったのか。そんなのもう、そういうことなんじゃないの?なんとも思ってない後輩と飲むのに、わざわざ小洒落たバルみたいなところ予約するか?喫煙席でも平気かどうか聞くか??

とは思ったが、会っても恋愛にまつわる話は一切せず、「いつから彼氏いないの?笑」みたいな探りを入れられることもなかった。ほんとうにただ小洒落た店で雑談をしただけで、なーんにもなかった。また誘われて飲みに出掛けたり、喫茶店でパフェを食べたりしたが、何もなかった。特に仲良しというわけでもなく、ただご飯に行くだけの先輩と後輩、という感じ。

 

この時点で冬。もうすぐで私は学部を、先輩は院を卒業する予定で、かつ先輩は遠方への就職が既に決まっていた。もし仮に先輩が私のことを好きだったとして、付き合うつもりはないのかもな、と思った。引っ越す前に気になる後輩と記念にデートしたいだけなのかも。もしくは、付き合うつもりはないけど最後にワンチャン狙ってるのかもしれない。あるいは好意すらなくて、フットワークが軽いから飲みたい時にちょうどよく呼び出せる後輩ポジションなのかも。

 

ちなみに私は先輩のこと、人として好きだった。愛くるしい人だと思っていたし、引っ越してもう会えなくなるのもちょっと寂しい。でも恋愛感情があるかというとピンとこない。ぐるぐる悩むのはやめて、ただ記念にデートしたいだけならそれでいいし、ワンチャン打診されたらきっぱり断るし、もし万が一にも告白されることがあったらそれはその時考えればいいじゃんと思うことにした。

 

忘れもしない二月のこと、私たちはクラフトビールを飲みに出掛けた。いつもはそんなことなかったのに、私がトイレへ行っている隙に先輩が会計を済ませていて、あ、今日なんかある、と思った。告白なのかワンチャンなのか。わかんないけど仮に告白されたとして、遠距離恋愛をする強い覚悟がないようならきっぱり断ろう。そう決めた。

 

帰り道、大粒の雪が降りしきるなかで、付き合ってほしいと先輩は言った。遠距離恋愛についてどう考えてますか、てか私のどこが好きなんですか、そもそもいつから好きだったんですか、と矢継ぎ早に圧迫面接ばりの質問を浴びせた。返答に少しでも引っかかったら断ろうと思っていたけれど、すべてにしっかりと返されて面食らってしまった。クラフトビールでくらくら酔った頭の芯がすうっと冷める、どころか、ぐらぐらと煮え立つのを感じた。

 

お互いに失敗したことのある遠距離恋愛をうまくいかせる自信もなく、先輩のことを恋愛対象として好きになれるかどうかもわからなくて、散々悩んだ。悩んで悩んで悩み抜いて、考えたところでわからなかったけど、こんなにまっすぐ愛してくれそうな人は地球上にそう何人もいないだろうと思った。先輩だってかつて深く傷ついて、リスクも山ほどあるのに、それでも差し伸べてくれた手を無下に突き放していいのか。距離が大きな壁だと思っていたけど、距離なんてもののために簡単に諦めてしまっていい縁じゃないと気付いたら、心が決まった。

 

私は先輩と付き合うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、この人と結婚するな、と思ったときには、付き合ってまだ一週間しか経っていなかった。

 

休日の朝早くにかかってきた電話に応じながら、「この人と結婚したい」という願望じゃなくて、「きっと結婚するだろうな」と他人事のように思った。

 

世間では新型コロナウイルスが流行りだしたばかりで、運悪く体調を崩した彼は、自分が保菌者ではないかとたいそう怯えたらしい。

なのに自分の体調なんてそっちのけで、うつってたらごめん、たくさん食べて寝て健康に過ごしてほしいって泣きながら真剣に懇願されて、笑い事じゃないけど笑ってしまった。本当に全然笑い事じゃないのに。自分を差し置いて朝いちばんに私を心配してきたこと、愛と呼ばないでなんと呼ぶんだろう。

ずっと、ずっとこんなふうに誰かに大切にされてみたいと思って生きてきたっけなあと思って、胸がいっぱいになって、通話を切ってからちょっとだけ泣いた。

 

 

 

 

 

それからまた二年後。二度目の予感も的中して、先日、私たちは婚約した。

 

こうやって端折って書くとまるで運命にでも引き寄せられたようだけど、私たちの道のりは泥臭くて険しくて、全然ドラマチックでも順風満帆でもなかった。辛く苦しい遠距離恋愛を乗り越えても、念願だったはずの同棲生活がうまくいかないことも多々あった。もう別れるしかないのかなと大晦日にふたりで泣いたこともあった。家を飛び出したこともあったし、トイレにこもって泣くこともしょっちゅうだった。

 

それでも、衝突するたびにとことん話し合って、長い時間をかけてすり合わせてここまできた。隣り合ったパズルのピースのように初めから噛み合ったわけじゃない。お互いに向きを変えて、時には自分を削ったり磨いたりして、どうにかこうにか合うように努力をした。初めから運命だったわけじゃなくて、どうにかこうにか運命にしたのだ。

 

 

これはゴールじゃなくてスタートだから、立ち止まるつもりは毛頭ないのだけど、少しだけ振り向いてみようと思った次第。驕らずに頑張ります。