あおいろ濃縮還元

虎視眈々、日々のあれこれ

ネイビーレイニー

昨日の朝早く、祖父が亡くなった。葬儀には出ないことにして仕事へ行った。形だけでも喪に服そうと思って黒い服を探したけれど、仕事着にできるいい感じのものがなくって全身ネイビーになった。ネイビーのシャツとズボンとで果たして喪に服せるのだろうかとは疑問だが、いつも通りに過ごして、いつもより少しだけ頑張ることが供養になればいいと思った。「おじいちゃん亡くなったけど葬儀出ない。仕事行ってくる」と連絡事項のように告げたとき、彼氏が無言でツーッと涙を流し始めて、なんでお前が泣くんだよって笑えた。仕事はわりと忙しくて、悲劇のヒロインぶって余計な感傷に浸らずに済んだ。

 

ひとは死ぬ、仕方ない。この状況下で葬儀に出ないことも、この先親族にねちっこく責められるかもしれないけれど、仕方ないと思いたい。私は一介の下っ端職員にすぎないけれど、クラスターを出したわけでもない博物館・美術館たちが、緊急事態宣言下にあって休館を余儀なくされている現状を哀しいと思ってる。常設展のように延期で済むならいいものの、海外から借りた作品を展示している場合は期限内に返却しなくてはならず、休館したまま会期を終了せざるを得ない。照明の光にすら弱く、展示したあと丸1年ほど休ませなくては展示し直せないデリケートな作品もある。そういうことを間近で見てきて、私は、芸術を殺したくないと思った。

 

葬儀のために帰省して感染したとして、クラスターを出さないにしても、そんな迂闊なことのせいで槍玉にあげられたくない。だから帰らないと決めたこと、冷たいと責められても仕方ないと思っているけど、この先つらくなるかもしれないから決意としてここに残しておく。ほんの1ミリだって携われたからには守りたい。私は芸術に恩がある。梅雨入りした本州にあって星は見えないが、そのぐらいがちょうどいい。ビールを買って帰ろうかと思ったけれど感傷じみているからやめた。厳格に見えて泣き上戸なおじいちゃんに湿っぽい別れは酷だから、このぐらいがちょうどいい。寒くも暑くもない雨の5月、いつか私も生涯を閉じるならこんなちょうどいい季節がいい。