あおいろ濃縮還元

虎視眈々、日々のあれこれ

Watch your step

引っ越して1ヶ月と経たずに帰省した。おじいちゃんの容態が急変してゴールデンウィークまではもたないらしい。葬式は来なくてもいいけど意識があるうちに会ったほうがいいと満場一致で決まったので、すぐに有給と飛行機を取ってリュックひとつで飛んだ。1ヶ月ぶりの札幌はべつに懐かしくもなんともなかった。寒いけど思ったほどではないし、店の顔ぶれも変わらない。今って帰ったとしてもお見舞いとかだめなんじゃないのと言ったら、もう緩和ケアをするしかないおじいちゃんには日にふたりまでであれば無礼講で会えるらしい。最後に会ったとき、いつも通りセブンスターを吸いながら少しぶっきらぼうに政治番組を眺めていたお洒落なおじいちゃんはもういなかった。虚ろな目をしてよれよれの病院着を纏ったおじいちゃんは、私がまだコンビニでバイトをしていると思っていた。サスペンダーをつけたラルフローレンのシャツのポケットにくしゃっと潰れた煙草の箱が入っているところ、格好いいなって思ってたから、ダサいチェックのパジャマみたいなのを着せられていることがなんか悲しかった。いつも焼酎ばかり飲んでいたおじいちゃんはペットボトルのブラックコーヒーを大人しく飲んでいた。私は死というものを仕方のないことだと思っているから、たぶん家族が亡くなってもあまり悲しまずに済むけれど、お母さんかおじいちゃんが亡くなったらものすごく悲しい。熱烈に結婚願望があるわけではなく、独身のまま生きていくんだろうと思ってはいたけど、つっけんどんに見えて案外涙脆いおじいちゃんが、私の花嫁姿を見てぼろぼろ泣いてるところを見たいとずっと願っていた。間に合わなくてごめん。湿っぽい美談になんてするつもりはないから泣かなかったし、泣かない。明日になったら弁当をこさえて出勤して、いつも通り業務をこなして、安く買った鶏肉を炒めて彼氏の帰りを待つ。それだけのこと。職場で白い恋人を配っても、いきなり帰省する理由を詮索してこない職場のひとたちに本当の理由を話すことはない。Watch your step、空港の動く歩道がそう無機質に語りかけてくるのを何よりも懐かしく思っていることに気づく。