あおいろ濃縮還元

虎視眈々、日々のあれこれ

全粒粉とチューリップ

全粒粉とチューリップを買った。どうしようもなく悲しかったから。最も愛するバンドのライブに行ったのは2020年が最後で、我慢して我慢してようやく手にした念願のチケットを私は直前で手放すことにした。そう決めた時にはハラハラと雪片のように涙がこぼれて、本当に行きたかったんだなと思い知った。職場には小さなお子さんを育てていたり、持病があったり、定年近い人も多くいる。なおかつ一人暮らしならまだしも彼氏と同居している。ライブハウスの収容率が100%になったことや、公共交通機関を利用して街へ出るのに不安があること、生理前で体調が優れずおそらく免疫力が一時的に低いこと、接客業ゆえ同僚だけでなくお客さんにもうつしてしまったらという不安がつきまとうこと、色々な要素が山のように積み重なって諦めるより仕方なかった。でも悲しいもんは悲しい。好きなことを好きにやってやろうと思った。普段は鮮度が落ちて200円で叩き売られているスターチスだとかを選ぶけれど、今日は美しいピンクのチューリップを400円で買った。あまり頻繁に使わないうえにコスパの悪い全粒粉も買った。身体を労わってビールはノンアルコールにしたもののそれもカゴに入れた。値段を理由に購入をためらっていたETVOSのアイブロウなんかも買ってしまおうと思う。トレードが成立してチケット代が戻ってきたらクッションファンデーションも頼んでやる。ライブへ行くために取った休みも、一日中本を読んだりNetflixを漁ったり、昼からホットワインを飲んだり長風呂をしたり、時間をたっぷりかけてバターチキンカレーなんかを作ったりして有意義に過ごそう。私は自分を幸せにする方法をちゃんとわかっている。腫れた瞼にとびきりのラメシャドウをのせて、何度でも立ち直れる。

月明かり一筋

会場の外ではなぜかイルミネーションが煌々と灯っている。綺麗だと思う感情に、逸る気持ちが遥かに勝って、素通りして入場列に加わる。ライブを観るのは8ヶ月ぶりだった。去年の5月、ユニゾンを観にきたのと同じ会場にまた彼らを目撃しに来た。ライブに行くことを「会いに来た」「参戦する」と呼ぶのは私にはどうもしっくりこなくて、「目撃する」が最も近いニュアンスであるとこの頃気付いた。ライブハウスではなくこういうホールだと特に。

 

開演前にセールになっていた服を買い、ひとりでパンケーキまで食べて満足しきっていたから、暗転するまでライブがはじまる実感は薄かった。ステージにメンバーの影が見え、いつも通りに「絵の具」が流れてやっと心臓が機能しはじめた。1曲目の、1音目が鳴った瞬間にはもう堰を切ったように泣いていて、自分でも何が自分の身に起きているのかわからなかった。8ヶ月ぶりにライブに来るまで、こんなにも一瞬で感情の針が振れたことがあっただろうか。家で音楽を聴いていては生まれることのない化学反応が、そういえばライブにはあった。思い出した。まざまざと。

 

この歳になると、転職だとか結婚だとか車を買ったとか家が欲しいとか、自分や周りのライフステージがどんどん変わっていくのを感じる。会わない間に友達は大学を辞めてそのままバイト先の店長になり、別の友達はひっそりと入籍して私の知らない苗字になっていた。私も将来の様々なことを考えれば、来年度には今の大好きな仕事を辞めて転職したほうが良かった。でも大好きだから踏ん切りがつかなかったし、別の道がある気もしていた。もし彼氏の転職やそれに伴う引っ越しやはたまた結婚が絡んでくるとまた話は違ってもきて、事態は混乱を極め、そのことで悩んで悩んで揉めたりもした。

 

そんな気持ちを抱えたまま目撃したステージは眩しくて、大好きなロックバンドの凛とした姿を見て、マスクが湿るぐらい涙が溢れて止まらなくなって、私は、これから辿るべき道筋をくっきりとそこに見た。何を諦めて何を選ぶとか、大人になるためにはこうするべきとか、そんなのは1番ダサいってわかっていたのに無視してた。私は全部が欲しかった。何も諦めたくなかった。何も迷うことなんてなかった。今までずっとそうしてきたように、ただがむしゃらに進むしかなかった。私の愛するロックバンドがそうしてきたみたいに。モノクロだった世界に色が芽吹いて私はまた息ができる。あー、生きてる、と思った。マスクの下で鼻水が垂れ、ニットの下に着たヒートテックはずっと前から汗に濡れて、どうしようもなく、私はただ生きていた。

 

2021年、買って革命が起きたもの

2021年に買って革命が起きたアイテムを紹介します。2022年はこいつらなしでは生きていけないと思う。それでは。

 

 

 

 

・アタックゼロ 洗濯洗剤 ワンハンドプッシュ


プッシュして入れるタイプの液体洗剤。これを使い始めてから、洗剤の箱を開けて、粉末に埋もれた専用のスプーンをほじくってすくって量って、という従来の方法が地味にストレスになっていたことに気がついた。ハンドル握って数プッシュするだけで済むの、非常に楽で助かっている。

 

 

 

 

 

・フジコ 眉ティント

 

自眉薄女の強い味方。同棲生活における味方でもある。私がすっぴんを人に見せたくない理由として、自眉が薄すぎるというのがある。化粧を落とすとヤンキーみたいに一気にガラが悪くなる。友達とのお泊まり会や温泉すら嫌で眉毛だけは落とさないのに、同棲なんてしたらヤンキー眉毛を毎日見られる……と脅えていたが、この眉ティントを塗って寝て翌朝剥がせばしっかりした眉が出現する。コンプレックスがひとつ消えた偉大アイテム。

 

 

 

 

 

 

・サボン ボディスクラブ

 

これも同棲生活の強い味方。トゥルッットゥル、としか形容のできない肌になる。結構ゴツゴツした粗塩のようなスクラブのため、肌が弱い人やアトピーなどで肌が荒れている人には厳しいかもしれないけど、平気なら試す価値しかない。私ってこんな肌になれるんだ……とスクラブ使うたびにしみじみ感動する。次はパチュリラベンダーバニラ(いちばん人気の香り)使ってみたい!

 

 

 

 

 

・ティス ディープオフオイルN

 

クレンジングオイルだが、私はクレンジングとしてではなく角栓を取るために使っている。角栓やファンデーションの詰まりが面白いぐらい取れる。本当に笑っちゃうぐらいボロボロ取れる。小鼻などに塗って指でクルクルし続けると、無限に角栓が落ちる。ただし根深いのには効かない。出来たてほやほやのライトな角栓は全て駆逐できます。

 

 

 

 

 

 

・ソフィ シンクロフィット

 

これなしじゃ本当に生きていけない。ナプキンにプラスアルファで使う生理用品という位置付けで、ナプキンとタンポンの間の子みたいな感じ。タンポンは入れるの怖い、っていう人に勧めたい。私がそうだから。デリケートゾーンに挟んで使うため、よっぽど自転車に乗りまくったりしない限り痛みもない。密着するから立ち上がった拍子にドバッと血が出ることもない。そのままトイレに流せるのも最高。サニタリーボックスが血に塗れたナプキンでいっぱいになって蓋を開ける時ににおうこともないから、これも同棲やお泊まり会にオススメ。薬局にないことも多いのでAmazonで定期購入している。私は月に2箱ほど使う。

 

 

 

 

 

 

無印良品 肩の負担を軽くする撥水リュックサック

通勤用の軽いリュックを探していた折、様々なフォロワーさんに勧められて買った。重い荷物を詰め込んでも、ウィンガーディアム・レビオーサでもかかっているのかと思うほど軽く感じる。

 

 

 

 

 

・ハンディファン

 

オシャレに涼みたいJKだけじゃなくて、加齢などによって汗の引かなくなってきた、もうちょっと上の年齢の人たちこそ使うべきだと思う。通勤で20分ほど歩いて夏は汗だくになるので、デスクについてから始業前までのあいだに必死で汗を乾かしている。

 

 

 

 

 

・食洗機

生活の質が変わる。

 

 

 

・ルンバ

上に同じ。床に髪の毛が落ちていない状態、最高。

 

 

 

無印良品 爪切り

 

ものすごく切りやすい。

 

 

 

 

 

 

【革命、ほどではないけど良かったもの】

革命起きた!オススメ!!というほどではないものの、かなり良かったのでまた使いたいと思うアイテムは以下参照。

 

 

 

 

キャンメイク カラフルネイルズ ネイルハードナー

ベースコートとしても、トップコートとしても万能に使える。ネイルは使わずこれだけ塗って、爪をちゅるちゅる光らせるのが好き。

 

 

 

 

資生堂 トリートメントエナメルリムーバー

爪つながり。ネイル落としにしては少し値が張るけど、このガラス瓶がなにしろ可愛くて。その辺に置いておいてもインテリアに馴染んで可愛い。使い勝手も好み。ただネイル落とし特有の匂いはあるから、それが苦手な人は無印良品のほうが柑橘のいい香りでオススメ。

 

 

 

無印良品 あったかインナー

ヒートテックは肌触りが好みでないのと、静電気が起きるのが嫌なのと、においが染みつきやすい感じがあってあまり好きではなく、その短所を全てカバーするのがこれ。七分丈もあり、トップスの裾からインナーがはみ出てダサくなることもない。オートミールみたいな色の、七分丈で丸首のが好き。

 

 

 

 

 

なんだか無印良品の回し者みたいになってしまったけれど、良品が多いから……。ここには書いてないけどルームソックスとパスポートメモも良いです。

 

2021年総括

2021年に読んだ本・漫画、観た映画・ドラマ・アニメ・ドキュメンタリー、行ったライブの総括になります。

 

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アンリ・マティス『待つ』。愛知県美術館で開催した「トライアローグ」という20世紀西洋美術に関する展覧会が、今年観たなかでいちばん良かった。

 

今年は本を30冊読む・映画を50本観ることを目標に掲げており、最終的に35冊の本と60本の映画を堪能しました。内訳は以下の通り。

 

 

 

 

 

【本】→35冊

朝井リョウ飛鳥井千砂越谷オサム坂木司・徳永圭・似鳥鶏三上延吉川トリコ「この部屋で君と」

阿佐ヶ谷姉妹阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし」

伊坂幸太郎アイネクライネナハトムジーク」「フーガはユーガ」

江國香織スイートリトルライズ」「やわらかなレタス」「号泣する準備はできていた」

小川糸「あつあつを召し上がれ」「つるかめ助産院」「たそがれビール」「グリーンピースの秘密」

加藤シゲアキ「オルタネート」

川上弘美「おめでとう」

岸本佐知子「死ぬまでに行きたい海」

こだま「夫のちんぽが入らない」

島本理生「Red」

原田マハ「ジヴェルニーの食卓」「たゆたえども沈まず」

東野圭吾「マスカレード・ナイト」

村上春樹「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」「1973年のピンボール」「アフターダーク」「羊をめぐる冒険(上・下)」「ノルウェイの森(上 ・下)」

群ようこ姉の結婚

柚木麻子「奥様はクレイジーフルーツ

吉本ばなな「下北沢について」「とかげ」「キッチン」「デッドエンドの思い出」

トーべ・ヤンソン「小さなトロールと大きな洪水」「ムーミン谷の彗星」

J.K. RowlingHarry Potter and the Philosophy's Stone」

 

 

 

 

 

今年初めてきちんと読んだ吉本ばななさんの文章、確立されていて迷いも淀みもないと思った。縫い目がなく凛としている。『とかげ』は一生の愛読書になるだろうと思う。表題作が好き。

 

小川糸さんの『あつあつを召し上がれ』も素晴らしい短編集だった。

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美味しいごはんを恋人とおなかいっぱい食べたときの満腹感・幸福感のことを「恋人と一緒に小さな筏に乗って、ゆらゆらと漂いながら満天の星を見上げているような気分だった」と表す美しさ。ごはんの描写もぜんぶ見事に美味しそうで、読むたびにお腹が減ってしまう。

 

これは褒め言葉なので誤解しないで欲しいのだけど、伊坂幸太郎『フーガはユーガ』がとんでもなく最悪だった。暴力をふるう父のもとに育った双子を取り巻く環境が何から何まで最悪で、ページをめくるごとに嫌な予感がして、展開もずっと最悪で、もうこんなつらい話は読みたくないと思うのに続きが気になって仕方なかった。最悪で、最高だった。人には勧めないけど今年読んだなかでいちばん好き。

 

 

 

 

 

【漫画】

約束のネバーランド ~20巻【完結】

リビングの松永さん ~9巻

五等分の花嫁 ~14巻【完結】

ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ ~2巻

一生好きってゆったじゃん

ボールルームへようこそ ~9巻

拝啓、もしもの僕

ミュージアムの女

マイフィンランドルーティン100

 

 

 

岐阜県美術館にて監視員をしている宇佐江みつこさんの『ミュージアムの女』は、美術館のことをもっと好きになれるお仕事実録漫画。美術館の隅のほうに座っている人のこと、私もしばらく学芸員だと思っていた。学芸員資格は有しているけれど監視員というお仕事にあたるそう。ゆるく読めるので、美術館に興味はあるけど全然なにもわからないなーって人はぜひ。

 

フィンランド愛が高じて、フィンランドで寿司屋を営むべく寿司職人修行に勤しむ週末北欧部chikaさんによる『マイフィンランドルーティン100』。寿司職人修行の話は本書では出てきませんが、インスタとツイッターで読めます。フィンランドのスーパーやサウナやお酒についての話が可愛らしいフルカラーのイラストでレコメンドされている最高の本。ここに載ってるレシピでシナモンロール作るのが私の来年の目標。

 

 

 

 

【映画】→60本

かもめ食堂

マスカレード・ホテル

今夜、ロマンス劇場で

窮鼠はチーズの夢を見る

ラブ・アゲイン

おとなの恋の測り方

ビューティーインサイド

間宮兄弟

花束みたいな恋をした

破門 ふたりのヤクビョーガミ

百万円と苦虫女

ここは退屈迎えに来て

殺さない彼と死なない彼女

セザンヌと過ごした時間

しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス

ソーセージ・パーティー

リリーのすべて

SCOOP!

図書館戦争

メランコリック

私をくいとめて

セトウツミ

ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー

ザ・プロム

アデル、ブルーは熱い色

イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密

ハングオーバー!消えた花ムコと史上最悪の二日酔い

マイ・プレシャス・リスト

マイ・フェア・レディ

パッドマン 5億人の女性を救った男

ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋

ゴッホ 真実の手紙

魔女がいっぱい

ザ・ファブル

ナチスの愛したフェルメール

世界で一番ゴッホを描いた男

ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語

マン・アップ!60億分の1のサイテーな恋のはじまり

シンデレラ

ピーターラビット

まともじゃないのは君も一緒

ノッティングヒルの恋人

永遠の門 ゴッホの見た未来

幸せのレシピ

最高の人生の見つけ方

ロンドン、人生はじめます

EMMA エマ

ミュウツーの逆襲 EVOLUTION

探偵はBARにいる

ボブという名の猫 幸せのハイタッチ

9人の翻訳家 囚われたベストセラー

プール

ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密

マリッジ・ストーリー

マダム・イン・ニューヨーク

ラブ&ドラッグ

ダンプリン

シングル・オール・ザ・ウェイ

ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから

モキシー 私たちのムーブメント

 

 

 

ラブ・アゲイン』みたいな王道ドタバタラブコメ作品結構好き。どんでん返し系ミステリーでは『9人の翻訳家』と『ナイヴズ・アウト』が最強。2021年ベストオブムービーは『ハーフ・オブ・イット』。三角関係という設定から始まるのに、一波乱ありつつも結ばれて終わるありきたりな話ではないところが良かった。恋愛、友愛や家族愛、どれも形は違えど同じく「愛」なのだと思える一風変わった青春映画だった。

 

 

 

 

【ドラマ・アニメ・ドキュメンタリー】

カルテット

大豆田とわ子と三人の元夫

このサイテーな世界の終わり シーズン1、2

ノット・オーケー

アンナチュラ

シャーロック シーズン1~4

オッドタクシー

フリーバッグ シーズン1、2

クィア・アイ シーズン1~4

クィア・アイ in Japan!

クイーンズ・ギャンビット

 

 

日本のドラマでは『カルテット』、海外ドラマだと『このサイテーな世界の終わり』が面白かった。どちらも一筋縄ではいかないし、安易に人に勧められないという点で共通している。前者は有名ゆえ説明は省く。後者は暴力表現やレイプ描写に耐性があればぜひ見てほしい。シーズン1の終わり方が私は本当に心底好きで、いっそシーズン2は見ない方がいいかとも思った(見て良かった)。主演のアレックス・ロウザーは前述した『9人の翻訳家』のアレックス役でもある。

 

ゆるふわ絵柄の動物アニメと侮るなかれ、『オッド・タクシー』は結構エグいミステリーで、今年享受したどのエンタメより衝撃だった。YouTubeにアップされているオーディオドラマと交互に見てほしい、絶対に。この絵柄でこんなにも背筋が凍ることあるんだと思った。

 

様々な分野のセンスに富んだ4人のゲイと1人のノンバイナリーが繰り広げるビフォーアフター番組『クィア・アイ』は視聴するだけで自己肯定感がぐんぐん上がる。依頼者のインテリア、髪型、服装、料理や思考までもポジティブに変身していくさまは見ていて気持ちがいい。これを見ていらない服を捨てたり思い切った髪型にしてみたりした。

 

 

 

 

【配信ライブ】→3本

1/28 フレデリック/FREHOUSE ONLINE ~Room Party 2021~

2/23 フレデリック/FREDERHYTHM ARENA 2021 ~ぼくらのASOVIVA~

12/31 UNISON SQUARE GARDEN、女王蜂/fun time COUNTDOWN 2021-2022

 

 

【有観客ライブ】→1本

5/7 UNISON SQUARE GARDENUNISON SQUARE GARDEN Revival Tour "Spring Spring Spring"

 

 

有観客ライブに1回しか行っていない……?最低月イチはライブハウスに通い詰めていた女が……?

 

ファンタイムカウントダウンはこれから自家製レモンサワー飲みつつ観ます。それでは皆さま良いお年を。

 

 

 

瑞々しいルビー

果物を綺麗に剥いて食べさせてあげたい、と思うことってかなり分かりやすい愛の指標だと、自分のために雑に剥いたルビーグレープフルーツを貪りながら思う。ふたつあったグレープフルーツを本当は昨日の食後に出そうと思っていたけど、満腹すぎて結局剥かなかった。なのでひとつはブランチにする。彼氏に食べさせるときはきちんと綺麗にお皿に盛り付けるが、自分用だからと横着して切ったそばから直接食べる。頭と尻を切り落とし、皮と白い部分を削ぐように剥いて、薄皮から実を切り離す。実家にいた頃はこんな面倒くさい食べ方はしなかった。ふたつに切って砂糖をかけて専用のぎざぎざしたスプーンでくり抜くのが絶対的なスタンダードであった。キウイフルーツなんかもそのスタイルでいく。彼氏と暮らすようになって、わざわざ皮を剥いて薄くスライスしたキウイやら、種まで取って一口大にカットしたスイカなどを出されて衝撃を受けた。自分はりんご丸かじりするくせに。手間をかけてでも食べやすくて綺麗なものを出したい、というのはかなり愛だなと思った。見習うようにして頑張っていたら最近はごく自然にそう思うようになった。生活のなかで日々学んでいるのは、生活のスキルというより愛情だと思う。

 

スターダスト

採血の痕が消えないうちに別件でまた採血をする。ずっと健康そのもので予防接種以外の注射はほぼ打ったことがなかったのに、今年の夏に差し掛かってからは数えきれないほど打っている。24歳、おそらく完全にガタがきていて、いつまでも若いような気でいた慢心を打ちのめされた。思いっきり。

 

様々な不調が起こって数件の病院をはしごしているけれど、どれも原因はストレスだろう。きちんと毎日同じ時間に起き、バランスのいい3食をとり、毎日同じ時間に寝て、栄養状態も生活習慣も人生で最高にいい。ストレスしか考えられない。地元を出てから家族や友達と会えるはずもなく、ライブなど行けるわけもなく、積もっても発散出来ないストレスをそれでもなんとか仕事やデートで癒して食いつないでいた。緊急事態宣言が下り、1ヶ月在宅勤務になって、それも全部駄目になった。

 

ずっと家にひとりでいると徐々に壊れてくる。彼氏が残業から10時に帰ってきたと思えば、ご飯を食べて11時には疲れて寝落ちしてしまう。ふたりでいてもひとりきりな気がして、それは単純にひとりきりでいるより遥かに辛かった。体調を崩し、休みが合っても私だけ寝たきりで過ごすことが増えた。一緒にスーパーに出掛けるささやかな幸せすら潰えた。寝たきりの生活が辛くて泣き言ばかり増える私を、残業続きで余裕のない彼氏は受け止めきれず、そのことが悲しくて毎日泣いた。家にしか居られないのに家に居ると辛くなった。どうしようもなかった。ここに根を張って居場所をつくろうと思って地元を飛び出してきたのに、地元にもここにも居場所がなかった。そんな気がした。

 

昨日、喧嘩こそしないものの酷くピリついて、思わず漏れた嗚咽でごはんが喉を通らなくなって、箸を置いて彷徨うみたいに家を出た。家以外の場所で空気を吸いたかった。どこかに行きたかったけど、近所にコンビニなどない。川を見に行こうと思ってふらふら歩き出した。星が綺麗だった。地元には咲かない金木犀の香りがする。あー、私、どうしても地元を抜け出したくて、この場所に根を張りたくてここまで頑張ってきたんだった。今はまだ中途半端かもしれなくても、それでも見知らぬ土地でよくやっていると思う。つめたい秋の夜風に濡れた頬が乾いていく。この涼しさのなかを半袖で出歩くのも馬鹿らしくなって、5分も経たずに家に戻った。

 

 

しっかりと話し合いをして、耳が痛いことを言ったし言われた。解決策はあまり見い出せなくとも、肩の荷がおりてメンタルは前を向いた。嘆いても何も始まらないなら明るいふりをして進むしかないのだ。体調不良を抱えたまま仕事をこなし、そのまま病院へ行く。レントゲンをとり、血液検査をする。肘の内側へ針がとおっていくあの痛みにいつまでも慣れない。病院なんて大抵嫌な医者と嫌な看護師に嫌な対応をされるものだと思い込んでいたのはどうやら私の地元だけの話かもしれない。ここでは医者も看護師もみんな泣きそうなほどやさしい。今日はまだ検査をしただけで、結果はわからないけどまたひとつ解放された気持ち。

 

帰り道、イヤホンを嵌めてシャッフル再生する。『リニアブルーを聴きながら』が流れる。私の人生のテーマソング、と勝手に思っているから、乱れた心臓がことさら跳ねた。「リプレイ、まだ平気かい?止まれはしないんだよ」。歩き慣れて身体に馴染んできた街の風景に愛する曲が重なって、猛烈に泣きたくなった。ライブに行った時に込み上げてくるあの、笑顔と涙が同時に溢れてぶつかり合う、あれと同じような感情。

 

どこにも居場所がない気がしてた。でも居場所っておあつらえ向きに用意されてるものじゃない。未舗装の草原を切り拓くように、そうやって今までも生きてきたじゃない。金木犀の匂いをのせたぬるい夜風が吹きつける。地元には吹かない香り。もうこんなに遠くまで来てしまった。そのことが堪らなく嬉しくて誇らしい。イヤホンの音量をひとつあげて、今日は得意なオムライスをつくろうと思う。

 

思考を換気する

夕方の日差しを含んだ川面はモネが塗ったみたいな優しい緑色に光っている。雲をたたえて淡いピンクに輝く空の作画もモネだろう。10日ぶりの出勤、からの帰り道。印象派みたいな夕方だった。しばらく外に出ていない間に日が短くなっている。野菜の直営所に玉ねぎが売っていないか覗くと、いつも野菜が売られているスペースをおびただしい種類のりんごが占有していた。りんごの季節、なのか?そのうちクラシックな佇まいのアップルパイでも作りたいと考えながら何も買わずに出た。マスクを顎まで下げてぼんやりと煙草をふかす老人の、シャツの背中にタンクトップの形がくっきり浮き出ている。私が喫煙者だったら、こんな涼しくて美しい夕方に煙草を吸ったらさぞかし気持ちいいだろうなと思う。外に出ると、本当にいろんなことを取り留めなく考える。最近胃を壊した原因はストレスじゃないかと言われ、特に大きい心当たりはなくて不思議だったけど、在宅勤務になって、ずっと家に1人でいて気が滅入っていたのかもしれない。部屋だけじゃなくて思考も換気しないといけない。ぐるぐる、ぐるぐるとプロペラを回して、内に溜まっている澱んだ空気は吐き出して、澄んだ外気を取り込まないといけないのかも。脳みそも。