あおいろ濃縮還元

虎視眈々、日々のあれこれ

湯水

大学受験ぶりに英語の文法を勉強している。文法の勉強、大嫌いなのに他のどれより気持ちよくて困る。英語の勉強において、単語の暗記は、知識がこつこつ積み重なっていく実感があってしんどいけど楽しい。スポーツをし終えた時みたいな心地いい疲労と充足感がある。長文読解は麻薬である。アドレナリンがドバドバ出る。中学生の頃から長文読解が異様に好きで、涎を垂らさん勢いで読んでいた。長ければ長いほど興奮した。そんな中にあって文法の勉強はどうにも苦痛で嫌いだった。関係代名詞だのSVCだの副詞的用法だのと覚えることが異様にあり、ただ暗記するだけではどうにもならない。理解するまでものすごく苦痛なのに、理解した瞬間は一番気持ちいいから本当に参る。微電流が血管を走り抜けて全身に弾ける。何より英語の勉強においてのみエクスタシーにも似た快感がゾクゾクと駆け上がっていく自分の変態性に最も困ってしまう。私は偶然その対象が英語であったが、数学や世界史やマクロ経済学などに同じ気持ちを抱く人もいるだろう。学問は時に快楽を帯びる。

 

歳相応の女性になるため、万年ユニクロ女を卒業したい。服だけでなくコスメや持ち物なども含め、大学生のとき安さにかまけて妥協したものたちからきっぱり足を洗いたい。いきなり全てを良いものにするのは無理があるから、アハ体験のように少しずつ切り替えているところ。ワンシーズンに1着はユニクロ以外の服を買いたい。春は間に合わなかったけれど、5年酷使して遂に壊れたチープカシオを憧れていた時計に替えた。夏は格好いいノースリーブのオールインワンを手に入れた。そして秋である。地元の北海道には秋がなかった。夏が終わったと思ったらすぐに本州の冬ぐらいの寒さにまでなる。自転車通学をしていた高校生の時分、9月だか10月だか、そのぐらいには向かい風が厳しすぎてもうマフラーを巻いていた。そんなわけで秋服といったものを初めて買った。推しがディレクターをつとめるブランドのニットベストを注文した。オーバーサイズのベストなど似合うのか全くわからなくて変な意味でドキドキしている。でもきっとこれをシャツの上に重ねて働いたら幸せだと思う。歳相応の美しい女性になりたい、美しいとは顔面の話ではなくて。わかるでしょう。

夕立

職場が臨時で閉まることになった。デルタ株の猛威がこんな田舎にまで潜り込んできたら本当に大変なことになる。行政として適切な英断であるとは思うけれど、それはそれとして悲しくてやるせない。私は芸術を不要不急だと思わない人たちのためにこの仕事を頑張りたいのに。荒んだ情勢のなか、エンタメを心の拠り所にして食いつないでいる私のような人たちからこれ以上エンタメを奪いたくないのに。こんなの人体実験だと思いながら死ぬ思いでワクチンを打ったのも、第一には職場にウイルスを持ち込みたくなかったからで、1週間が経っても副反応に苦しんでいることがいっぺんに虚しくなった。わかっているつもりだけど、理解できることと割り切れることは違う。

 

心が死にそうだ、と思って貯まっていた楽天ポイントをはたいて「たゆたえども沈まず」を買った。なにも考えていなかったけど私の仕事とかなり関係のある分野の小説で、無意識に恋しくなってしまっていることに気づく。お取り寄せでの購入になるらしいが、休暇中には優に間に合うだろう。休みは3週間ほどもある。カヌレ型でも買って理想のカヌレを極めようか。自暴自棄にでもなってローラメルシエのコスメを買おうか。中途半端に再生しかけているエヴァと、MIU404を一気見もしたい。この穴をどうにか埋めようと思ったとき、思い浮かんでくるのはやっぱり生きるために不要不急に思えるようなことばかりで、そういうことたちに私は日々救われていると思い知る。だから救いたかったんだけどなあ。

 

これは人生の休暇、と思いたい。

まぼろしゆれる

憧れのライブハウスは幕を閉じてついに憧れのまま終わる。告白せず閉じた片想いみたいに、散ることなくただ小さくなって消えた線香花火みたいに、きっと未練は消えないまま胸に残り続ける。不在として在り続ける。終わらないままなくなったものはいつまでも終われない。思い出を語ろうにもその思い出がないのが何より切ない。幻や蜃気楼やチェシャ猫のように揺れ続けるだけだ、いつまでも。

 

久々のブログだから近況もついでに綴る。更新していなかったのは書きたいことがなかったからじゃなく、何を書いても薄っぺらくぼんやりして見えてうんざりしていたから。心底幸せで平和に凪いでいる時に書ける文章なんて綿飴ぐらい中身がない。最近はイギリスのドラマに傾倒していた。「シャーロック」は有名すぎて語るべくもないが、「このサイテーな世界の終わり」は邦題が恐ろしくダサい以外はサイコーだから是非観てほしい。お盆休みなどなく、無理に捻出した2連休で私の夏休みは終わったが、日が沈みきる前からピザを食べてビールをあけてプロジェクターで映画を観た。ウーバーイーツ対象外どころかピザの宅配エリア外の田舎に住んでいるもので、すっかりご無沙汰だったピザーラは罪の味がした。なんとかワクチンの予約ができたものの副反応に脅えて冷えピタを買いに奔走した。スーパーにも薬局にもどこにもなかった大人用冷えピタはファミリーマートに普通にあった。鮮やかなオレンジのガーベラを買った。今まで部屋に合わせて落ち着いた色の花を選んでいたけれど、落ち着いた部屋だからこそビビッドな色が映えるとわかった。初めて本州で迎えた夏は溶けそうに暑い。一昨日からは涼しくなってエアコンを切っても過ごせるようになった。大好きな夏が終わる前に手持ち花火をしたい。なぜか彼氏が買ってきたプリキュアのやつ。

 

白いあじさいが欲しい

スーパーの花屋で白いあじさいと目が合って、とたんに一目惚れした。キュン通り越してギュンときた。淡い水色や紫色をしたノーマルなあじさいですら清楚なのに、白いあじさいは輪をかけて清楚だ。アイドルに例えるなら乃木坂。いまダイニングテーブルに飾っている花たちが盛りを終えたら買おうと思う。とはいえ道の駅で手に入れた3色のスターチスもたいそう気に入っている。くすんだ紫とピンク、アクセントに光る黄色があまりに可憐で、生まれて初めて花を買った。家に花を飾ってみたかったんだと彼氏が嬉しそうに言っていて、少なくとも半年同棲していたという前の彼女は花を飾る女ではなかったのだなと思った。なんか少しほっとした。

 

彼氏が定時で退勤できる日は、最寄り駅で待ち合わせていっしょに帰る。たいていは手を繋ぐ。呼吸のように繋ぐ。重くて持てなそうだからと買い物袋を持ってくれて、狭すぎる路側帯で私が轢かれないように車道側を歩いてくれる。女の子扱い由来のエスコートは吐きそうなほど苦手だけど、人間扱い由来のエスコートはかなり好き。前者は「女の子だから荷物を持ってあげなきゃ」「女の子には歩道側を譲ってあげなきゃ」みたいな感じで、これをしてくる人ってエスコートできる俺カッコいいと言わんばかりのドヤ顔をしてきて冷める。そうではなく、「重そうだから荷物持ちを代わる」「危なっかしいから歩道側を譲る」という、女性としての私じゃなくて人間としての私を思いやってくれるエスコートが好きなのだ。手厚くまもられながら家まで歩くたった十数分が愛おしい。光の街の、「橋から見える川の流れは今日も穏やかで日差しを反射してキラキラと海へ向かってゆく」という冒頭の歌詞をそのまま焼き付けたような日々を歩んでいることに、幸福でめまいがする。

 

ネイビーレイニー

昨日の朝早く、祖父が亡くなった。葬儀には出ないことにして仕事へ行った。形だけでも喪に服そうと思って黒い服を探したけれど、仕事着にできるいい感じのものがなくって全身ネイビーになった。ネイビーのシャツとズボンとで果たして喪に服せるのだろうかとは疑問だが、いつも通りに過ごして、いつもより少しだけ頑張ることが供養になればいいと思った。「おじいちゃん亡くなったけど葬儀出ない。仕事行ってくる」と連絡事項のように告げたとき、彼氏が無言でツーッと涙を流し始めて、なんでお前が泣くんだよって笑えた。仕事はわりと忙しくて、悲劇のヒロインぶって余計な感傷に浸らずに済んだ。

 

ひとは死ぬ、仕方ない。この状況下で葬儀に出ないことも、この先親族にねちっこく責められるかもしれないけれど、仕方ないと思いたい。私は一介の下っ端職員にすぎないけれど、クラスターを出したわけでもない博物館・美術館たちが、緊急事態宣言下にあって休館を余儀なくされている現状を哀しいと思ってる。常設展のように延期で済むならいいものの、海外から借りた作品を展示している場合は期限内に返却しなくてはならず、休館したまま会期を終了せざるを得ない。照明の光にすら弱く、展示したあと丸1年ほど休ませなくては展示し直せないデリケートな作品もある。そういうことを間近で見てきて、私は、芸術を殺したくないと思った。

 

葬儀のために帰省して感染したとして、クラスターを出さないにしても、そんな迂闊なことのせいで槍玉にあげられたくない。だから帰らないと決めたこと、冷たいと責められても仕方ないと思っているけど、この先つらくなるかもしれないから決意としてここに残しておく。ほんの1ミリだって携われたからには守りたい。私は芸術に恩がある。梅雨入りした本州にあって星は見えないが、そのぐらいがちょうどいい。ビールを買って帰ろうかと思ったけれど感傷じみているからやめた。厳格に見えて泣き上戸なおじいちゃんに湿っぽい別れは酷だから、このぐらいがちょうどいい。寒くも暑くもない雨の5月、いつか私も生涯を閉じるならこんなちょうどいい季節がいい。

 

ピンスポットに照らされて

愛するロックバンドが近場に来るというのでチケットを応募した。なんともあっけなく外れたが、リセールで行けることになった。3階席、前のほう。

 

最初に観た彼らのワンマンも上階の前列だった。初めて目撃したライジングサンでのアクトが非常にかっこよかったのだが、ワンマンも観たいと思ったときにはチケットはもうなかった。Dr. Izzyのツアーだった。前日の夜になって「やっぱりユニゾンのワンマン観たい」と母が言うので、開演30分前まで粘ってなんとかチケットを掻き集めた。後ろの席で、あんまり曲を知っているわけでもなくて、1曲目のエアリアルエイリアンなんて閉ざされた幕の向こうで丸々歌い切っていて、何がなんだかよくわかんなくて、でも最高に、人生変わっちゃいそうなぐらい最高に楽しかったのだ。

 

 

 

 

あれから5年が経つ。うねる激流のように変わりゆく世界のなかで、私は変わらずに彼らを愛している。ライブに行くとわからないようにラババンもリスバンもつけないで、爪も素のままで、普通に出掛けるのと同じ格好をして、電子チケットをインストールしたスマホでユニゾンを聴きながら電車に揺られた。

 

絵の具が流れてからはもう、夢中だった。私の愛するロックバンドは否応なしにかっこいい。3人で出しているとは思えない音の厚みに、風のように縦横無尽な歌声が混ざれば、完全無欠の四重奏が編まれていく。照明が七色に煌めいたとき、ロックバンドのあまりの美しさに胸が詰まって、ばかみたいに涙しか流せない自分を不甲斐なく思った。後ろ指をさされる時流のなかで、覚悟を決めてまでもライブを観たいと思っている人たちが私の他にこんなにもいるのだな、とも思った。芸術をまもるために私には何が出来るのだろうとも。でも音に熱が乗ればそんな小難しいこと全部どうでもよくなって、ついでに今抱えているしがらみとかそういうのも全部どうでもよくなって、ただ身体を揺らして飛んだ。笑いながら泣いて、泣きながら笑った。マスクのしたで鼻水が流れて、勘弁してくれよと思ってまた笑った。

 

私は私の人生を生きよう、とものすごく単純な結論に至った。 大事なのは私が私でいられるかどうかだって彼らも言っている。大好きなロックバンドが命を燃やして今を奏でていて、それを見ていたら、暗いステージでボーカルにだけピンスポットが当たるあの瞬間のように、私はこう生きようとズバーンと閃く瞬間があった。「神のお告げのように」だとか「雷が落ちたみたいに」というのとは違う。ピンスポットに照らされたような瞬間が、あった。

 

間もなく最寄り駅に着く。家に帰ったら私は、舞茸の味噌汁でもつくりながら彼氏に今日のライブのことを話して聞かせる。ゴールデンウィークが明けたから明日の仕事は暇だろう。今日の疲れが取り切れずに眠気をこらえながら、私はきっと、この一夜のことをくりかえし噛み締めながら、少しだけ頑張ろうと思う。芸術ってそういうもので、だから愛してる。アナウンスが流れた。間もなく最寄り駅に降り立つ。

 

Watch your step

引っ越して1ヶ月と経たずに帰省した。おじいちゃんの容態が急変してゴールデンウィークまではもたないらしい。葬式は来なくてもいいけど意識があるうちに会ったほうがいいと満場一致で決まったので、すぐに有給と飛行機を取ってリュックひとつで飛んだ。1ヶ月ぶりの札幌はべつに懐かしくもなんともなかった。寒いけど思ったほどではないし、店の顔ぶれも変わらない。今って帰ったとしてもお見舞いとかだめなんじゃないのと言ったら、もう緩和ケアをするしかないおじいちゃんには日にふたりまでであれば無礼講で会えるらしい。最後に会ったとき、いつも通りセブンスターを吸いながら少しぶっきらぼうに政治番組を眺めていたお洒落なおじいちゃんはもういなかった。虚ろな目をしてよれよれの病院着を纏ったおじいちゃんは、私がまだコンビニでバイトをしていると思っていた。サスペンダーをつけたラルフローレンのシャツのポケットにくしゃっと潰れた煙草の箱が入っているところ、格好いいなって思ってたから、ダサいチェックのパジャマみたいなのを着せられていることがなんか悲しかった。いつも焼酎ばかり飲んでいたおじいちゃんはペットボトルのブラックコーヒーを大人しく飲んでいた。私は死というものを仕方のないことだと思っているから、たぶん家族が亡くなってもあまり悲しまずに済むけれど、お母さんかおじいちゃんが亡くなったらものすごく悲しい。熱烈に結婚願望があるわけではなく、独身のまま生きていくんだろうと思ってはいたけど、つっけんどんに見えて案外涙脆いおじいちゃんが、私の花嫁姿を見てぼろぼろ泣いてるところを見たいとずっと願っていた。間に合わなくてごめん。湿っぽい美談になんてするつもりはないから泣かなかったし、泣かない。明日になったら弁当をこさえて出勤して、いつも通り業務をこなして、安く買った鶏肉を炒めて彼氏の帰りを待つ。それだけのこと。職場で白い恋人を配っても、いきなり帰省する理由を詮索してこない職場のひとたちに本当の理由を話すことはない。Watch your step、空港の動く歩道がそう無機質に語りかけてくるのを何よりも懐かしく思っていることに気づく。