あおいろ濃縮還元

虎視眈々、日々のあれこれ

振り返らない

別れ際、私は振り返らない。ポリシーとして。半年ぶりに会う友人と飲み会をした帰り道でも、初めて会う遠方のフォロワーと解散するときも、デートのあとでも、後ろは向かずスタスタ歩き出す。バイバイしたあと姿が見えなくなるまで手を振り続ける女の子が可愛いのは百も承知だし、手振るぐらいで男女問わずキュンとされるなら容易いなと思わなくもないけど、だって振り返ったらさみしくなってしまうし。冷たいと思われてもこれが美学であり、潔さであり、保身であるから譲れない。

 

自分が振り返らないから、じゃあまたねって別れて歩いていく相手が果たしてこっちを振り向いているのかなんて全然知らなかった。遠くへ引っ越す彼氏を空港まで見送りに行った。ドライな私であるので、湿っぽくもドラマチックにもならず、2軒ほど飲んだあとの帰り道のようにサクッと手を振った。私は一旦歩き出したら振り返りはしないけど、さすがにすぐには立ち去らず、身を翻して保安検査場へ歩いていくその姿を眺めてみた。コートを脱ぎ、ポケットの中のものを出し、リュックをおろしてX線を通り抜けていく彼氏はものの見事に一度も振り返らなかった。あ、このひとは私と同じ人間かもしれない、と初めて知って、きっと冷たさではなくて振り向いたら泣いてしまうからこちらを見なかったのだとわかって、検査場の向こうに消えていく背中を見届けると、私も振り返らずロビーを去った。泣かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

泣かなかったけど、引越し先に持っていくには重いからと譲り受けたグルメ情報誌を眺めていたら、何ヶ所か折り目のつけてあるページのうちのひとつに、付き合う前、告白された日に行った居酒屋が載っていて、今になって、じわじわとボディブローが効いてきているところである。ちくしょう。泣かねえ。