あおいろ濃縮還元

虎視眈々、日々のあれこれ

ひそやかな銀河

職場の先輩が留学に行くということでバイトを引退した。直接関わりがあったわけではないけれど、頼もしい大好きな先輩だったから妙にさみしかった。

 

年をとるにつれ、「人生でもう二度と会うことのない人」 がどんどん増えていく。ああもうこの人とは一生会うことがないな、と何かにつけ思う。

 

どこか暖かい国へ行くらしい先輩に会うことはもうないだろう。いつの間にか消息を経った中学の友達にも会うことはないだろう。短大を卒業し、東京で就職したらしい高校時代の友達に会うことも二度とないだろう。

 

だからといって悲しいとかではない。先輩に会えなくなるのはすごくさみしい。中学の友達に会えないのもちょっとさみしい。けれど元々あまり仲がいいわけではなかった高校の友達と二度と会えないと思ったとき、ほっとしたのも確かで。

 

 

この人とはもう一生会わないだろう、と思うときには必ず、ある感覚に陥る。

 

 

幼い頃、父がよく地球滅亡に関する特集を組んだテレビを見ていた。それを一緒に見ていた私は、自然と地球滅亡について考えることが増えた。

 

地球が終わったら自分は宇宙のチリになるのだろうかと幼い私は思った。霊魂となって、生まれ変わることもできずに銀河を漂い続けるのだろうか。

 

そんなふうに考えるとき、悲しさとも恐ろしさとも不安ともつかない、言いようのない虚無感のようなものに襲われた。無常感、とでも言えばいいのかな。すべてのものはいつか消える。好きなものも、嫌いなものも、私自身も。地球滅亡について考えるとき、足元がすっと消えていくような心地がしたものだった。

 

 

「人生でもう二度と会うことのない人」 に思いを馳せるときと、地球が滅びることについて考えるときの気持ちは、びっくりするほど同じだ。

 

悲しいわけではない。ただ足元が消えていくような無常感に襲われる。うまく言えなくてもどかしいけど、とにかく意識が銀河の向こうに引っ張られるような不思議な気持ちになる。

 

 

 

私と同じような感覚に陥る人いないのかな。頭おかしいと思われたらアレだから誰にも言ったことなかったけど、たぶん3歳ぐらいの頃からこういうこと考えてた。めちゃくちゃ達観してた子どもだった。小さい頃から、子ども扱いしてくる大人気持ち悪いなってはっきり思ってた。

まあその話はいいや。

あおでした。