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未来日記

深夜テンションのまま日記を綴ると、翌日読み返したときに、なんじゃこりゃ、というようなことが書かれていたりする。

たとえば、
「とにかくしゃんとしなさい。今年のコンセプトはしゃんとした女だから。決定。」

おいおいおい。深夜のノリで勝手に決めないでもらいたい。なんだよしゃんとした女って。おこがましい。


またある日は、
「お好み焼きめっっちゃくちゃおいしい。お好み焼きのある国に生まれてよかった。はーーー幸せ」

よ、よかったねえ。幸せそうで何よりです。



イラストレータ中村佑介さんのブログを読んだときの感想が、私こんなこと考えてたの?ってくらいはっきり書かれていたりもした。

中村佑介さんが、本の置き場に困っているお父さんに電子書籍を勧めたところ、『同じ栄養が摂れるからって、毎日の食事を栄養ゼリーで済ます訳にもいかないだろう?』と返されたという話。

これはそのまま、CDと配信の関係にもいえると思った。

CDは単に音源ではなく、事前に予約をし、受け取り、どきどきしながらフィルムを剥がし、ウォークマンに取り込み、歌詞カードのクレジットやレイアウトひとつひとつを堪能し、ようやく聴くまでがセットで楽しい。中身が同じならなんでもいい訳ではないのだ。

だから中村佑介さんのお父さんが電子書籍を買わないように、私はデジタル音源を買わない。」

たかだか日記ですごい語りよう……。よっぽど思うところがあったんだね。

ひとたび眠ると大体のことはコロッと忘れてしまうので、昨日考えていたことが、今日の私にとってはおそろしく新鮮だったりする。


「DVD鑑賞会したい~。セカオワのアルバムについてきたやつ観たい。」

友達とバスでばったり会い、次の日に鑑賞会の約束をしたのは、これを書いたほんの数日後の話だ (だからなんだ) 。

コブクロの 「未来切手」 ではないけれど、前になにげなく書いていたことが実現していたりすると感動する。逆に、買うつもりだった傘が売り切れていたとか、叶わなかったこともある。

日記のために時間を割くのが、正直負担になることもある。誰も読まない、誰の心も動かせない。言葉の醍醐味はひとの心を動かせるところだと思っているので、不毛だなぁと時々思います。

でも過去に書いたことが叶っていたり、思いもよらないことが起こっていたり、なにがあるかわからないから面白い。10年後の私がこれを読んだらどう思うんだろう。

少なくとも10年前の私は、10年後に大好きな 「桜」 をオマージュしたパッケージでシングルが発売されるとは思っていなかった。

10年後もまだコブクロが好きで、こんなことあったよなーって懐かしくなるかもしれない。まったく別の趣味ができて、こんな時期もあったなーってしみじみするのかもしれない。

いつか読み返す未来を楽しみに、日記もブログも書き続けてみようと思います。飽きるまでのあいだ、お付き合いくださいませ。あおでした。