読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

箱、ゴミ箱、宝箱

歌詞がぐさっと突き刺さって、時にはその曲が聴けなくなったりすること、あるかと思います。私はコブクロの 「願いの詩」 がどうしても聴けませんでした。このフレーズがすごく刺さるんです。


  夢見たもの ひとつずつ箱にしまって
  いつか僕も 大人という 抜けがらになる


大人になるということは、折り合いをつけたり何かを諦めることだと、いろんな人が言います。それなら大人にはなりたくないなぁ、と小四あたりからずーっと思っていました。

大人になるのが怖かった。夢を諦めてしまうことも忘れてしまうことも怖かった。今だって怖いです。

夢やらいろいろなものを「箱」にしまわなきゃいけない。奥のほうに封印し、見て見ぬふりをしなくちゃいけない。それが嫌でした。

でも、同じくコブクロの 「奇跡」 という曲にこんな歌詞があります。


  大人になる為に 捨てたものだけ集めたゴミ箱が
  何より捨てられずに
  抱えながら君も生きてるんだろう?


地に足をつけて生きていくために、夢見たものを箱にしまう。あるいはゴミ箱に捨てる。でも、みんながみんなうまく割り切っている訳じゃないんだと気付きました。そりゃそうです。働きながら夢を追い続ける人たちや、二足のわらじを履く人たちがたくさんいます。



これまたコブクロの 「コンパス」。意味合いは違いますが、ここにも箱というモチーフが登場します。そして 「願いの詩」「奇跡」の答えのようにも取れるんです。


  捨てることと守ることと どっちが先か悩んでた
  タテマエというゴミ箱に つぶされるより
  転ぶ覚悟で行こう!


大人になるために夢をゴミ箱に捨てるか。抱えたまま生き続けるか。ここでは後者が選ばれています。私だってどちらかというと後者がいい。

「箱」に夢なんかをしまわなきゃいけない時がそのうち来る。捨てることもあるかもしれない。

でもその箱が重すぎて運べなくても、手放してしまいそうになっても、しつこく抱え続けてみたいと今のところは思います。青い考えだけども。

周りから見たらゴミ箱でも、自分にとっては大事な宝箱なんだよね。捨ててたまるか。



そうそう、「願いの詩」 はちゃんと聴けるようになりました。奇跡ツアーで克服いたしました。

なんだか最近おカタいブログになりつつあるね。うむむ。読みづらいよね。ここまで読んでくれてありがとうございました。

あおでした。