ひとりで海をみにいった。砂浜で走るでもなく、膝までじゃぶじゃぶ浸かるでもなく、ただ潮風に髪をなびかせながら海をみるのが好きだ。海にちなんだ名前を与えられて生まれた私は、きっと海を好きになると初めから決まっていた。 もうマフラーのいらない季節…
運転免許を取得した。通っていた自動車学校には卒業を間近に控えた高校生ばかりがいて、まだ染めていない黒髪や、あるいは染めたての明るい茶髪の群れのことをいつも眩しいと思っていたけれど、免許センターの年齢層の中では、大学をとっくに卒業した私はそ…
あと10日で生まれ育った街を出る実感がどうもない。はじめて実家を出て、親元を離れて生活をするということ。同棲をはじめるということ。はじめて正社員として社会に出るということ。「初めて」のビックバンが重なりに重なって、もう不安なんて通り越してど…
運命を手繰り寄せるようにここへ来た。そう思った。すべての試練は縒り合わさってこの道へ繋がっていたと思える地を、あのとき、まだ履き慣れないパンプスの踵で確かに踏みしめた。 動き出した瞬間からすべてが奇跡だった。これから住む街に、僥倖のように転…
無駄に見えるものに宿る情熱を信じたい。 流行病が広まったことで私の愛した音楽は、ライブハウスという場所は、忌むべき不用品のように蹂躙された。愛してやまないライブハウスへ久々に足を運べることを、私は誰にも言えなかった。誰が悪いわけでもなかった…
親友と最後に会ったのはちょうど1年前、疫病が流行し始めた頃だった。元気にしてた?と待ち合わせ早々に腕を掴んではしゃぐ姿は、ブランクがあったと思えないほどいつも通りで、何だかすごくほっとした。乗り換えの方向を間違えたり、道を間違えて同じところ…
さっきから大粒の雪がこんこんと降っている。こんこんと、というのは泉などから水がたくさん湧き出すさまのことを指す言葉なので不適当かもしれないけど、「しんしんと」などと言うほど大人しい降り方ではないからやっぱり「こんこんと」が合っていると思う…
大好きなバイト先が閉店することになり、今日が私の出勤する最後の日だった。 ほんとうに愛していた、この場所のこと。まだバイトを始める前、20歳を迎えてはじめてお酒を飲む場所に選んだのもここだった。店に漂う雰囲気のすべてが落ち着いていて大人っぽく…
住む部屋を決めにはるばる飛んだ。ただ会うということが不要不急にあたってしまう私たちは、内見でもいう大義名分がないとゆうに半年は会えない。半年ぶりに会った彼氏の声は、いつも聞いていた電話の声とちょっと違って聞こえた。少し前までペーパードライ…
2020年に読んだ本、観た映画、行ったライブ(有観客&配信)をまとめました。なかなか長いので、ブックマークでもして年末年始の暇つぶしにゆっくりお楽しみください。 これは新千歳空港で食べた帆立とウニといくらのごはん 【本】→40冊 伊坂幸太郎「モダン…
運命の人はいるとかいないだとか、いるとしたらそれは人生にふたり現れるのだとか、様々な運命論が提唱されて久しい。私が考えるに「運命の人」とは、ある人にとっての神や幽霊と一緒で、つまりいると思う人にはいるし、いないと思う人にはいないのだ。私の…
生きている、ただ最近は必死で生きている。PMSが酷くて漢方を処方してもらった。それでも熱だけが依然下がらず、無理にバイトを休ませてもらって心も体もズタボロになった。すべてがんばりたいのに、今はなにもうまくいかない。そういうターンなのだと言い聞…
労働の予定がなかったからオフにしようかと思ったけれど、丸一日を教習所に費やした。眠気をこらえながらブルーのマーカーを引きに引いた。本の発送をするために街へ行き、目についたケンタッキーで昼食をとる。おばちゃんがたの井戸端会議を聞きながら、昔…
ひとりで生きていくものだと思っていたから公務員を目指していた。仕事とかバリバリできるタイプじゃないし、会社員を選んだら何度かの転職を経てややホワイトな企業に落ち着き、特に昇進することもないまま万年平社員として静かにキャリアを閉じていくのだ…
つかの間の休みにマニキュアを塗る。青や黒や緑が好きだけど、最近スティーブ・ジョブズかというぐらい黒のタートルネックしか着ないから、暗い服装になるべく映えるように紫がかったピンクを塗る。休み、といっても接客バイトの休みであって、キッチンバイ…
慣れるまでは8時から、といわれていたバイトが4回目の出勤にして7時からになった。6時台の外はまだ仄暗く、心なしか空気も湿っている。犬の散歩をさせているおばあさんも、工事のおじさんがたもまだいない。まちは半ば眠っていた。最近観た「パンとバスと2度…
ほっといたら昼まで寝ているのがもったいないと思い、朝から昼にかけてのバイトを増やした。起きられるか不安だったものの、アラームが鳴る前に目覚めた。歯を磨き、顔を洗い、ごはんを食べてスクワットと腹筋までした。血行がよくなりそうだと思って白湯も…
何度だってどん底から這い上がれるみたい。きっと人より打たれ弱いけど起き上がるのも人一倍はやいから、また見くびった神様がありったけの試練を私の行く末に積み重ねる。悪路上等、北に生まれたものだからハイヒールで雪道を歩くのは得意なの。ここには咲…
いろんなことが日夜ぐるぐる、ぐるぐるまわっているけれどそれでも今日を生きるのだ。日が短くなりましたね。寒くもなった。最寄り駅前でいつも客引きをしているお兄さんはもこもこの白いマフラーをまとっていた。北海道の秋は東京の冬のはじまりぐらいの寒…
いま、敏感な人は本当にこれは読まないでほしいけど、 という前置きをしたうえでこれを読む人は同じように思っているかもしれないが、心底うんざりしてる。辟易してる。社会の情勢にじゃない。身の回りにこんなに馬鹿が大勢いると思わなかった。まだ若かった…
遠距離大変だね私だったら寂しすぎて耐えられない~みたいなことを死ぬほど言われるけど、もちろん楽しいことも山ほどある。ビデオ通話をつないで同じ本を読んだり、手紙に紅茶のティーパックを忍ばせて送ったり、絵本が送られてきたり、通話しながら金曜ロ…
温冷浴を繰り返すように洋書と和書を交互に読んでいる。英語に疲れたら、短編をひとつ読む。異なる国の言語が肌に浸透していくようだ。日本語は解像度の高い優れた言語であり、ゆえに生まれる複雑さを私は愛している。読んでいたのはハリーポッターなのに、…
結婚の話を最近よくする。結婚願望における価値観についての話、をバイト先でいろんな人とする。元同僚が長年付き合った彼女と同棲をはじめるけれど、彼女はともかく本人には結婚願望がない、というのが毎日のように話のネタに上がるから。私が元先輩と付き…
エアコンのない温室のような自室と、エアコンはあるけれど家族に無限に話しかけられてひとりの時間が持てない居間。そのどちらにも疲れて適当な装備で飛び出すこと、この夏は何回かあった。近所のパン屋でコーヒーだけを買うのは忍びないから、塩パンとアイ…
あーあもう何もかもがめんどくせえな、と思ってなんとなくルナルナを開けば生理が近いことがわかって、からだに流れゆく女性ホルモンの恐ろしさに打ち震えた。全部めんどくさい、振り出しに戻った就活も、学生時代の友人にハブられていることも、男友達がと…
例年のような夏らしいことはあまり出来ないまま、私の好きな夏という季節はあっけなく終わりへ向かっていく。いつも通りに花火大会があったとしても、遠方に住む彼氏と参加することは叶わなかっただろうからこれでいい気もする。そう言い聞かせる。せめても…
わかってたよ、だって合否を告げる封筒、前に合格を報せてきたそれと比べてやたら薄っぺらかったから。第一志望に落ちてわんわん泣いた数分後にはもう立ち直って次すべきことについて検索していた。大事な局面に立たされるほど研ぎ澄まされる。イチからとい…
ナウシカを観た、人生で初めて。みんなが当たり前に嗜んでいる物語を知らない、というのは教養が足りないようで恥ずかしかった。札幌シネマフロンティアに、直通エレベーターではなくエスカレーターで行くのが好き。グルメフロアから映画館のフロアへ続くエ…
不思議な夢を見た。とはいえ私が見る夢というのは大抵シュールで不思議なものが多い。こないだのは、ドライブスルー専門のマクドナルドの店員をやっていて、サーモンのマリネが食べたいと言い張る爺さんにそんなものはマクドナルドに置いていないと懇々と説…
幸せの絶頂にいると自覚したとき、今この瞬間に死にたい、と必ず思う。本気で自殺願望があるわけじゃない。スポーツ選手がキャリアのピークのうちに華々しく選手生活を終えたい、と思う気持ちとたぶん同じことだ。それとは対極に、もうこの世の面倒くさい全…