あおいろ濃縮還元

虎視眈々、日々のあれこれ

起承

隣の家の庭でアジサイが青々と咲いていた。横を走り抜けていった子どもは小学生のお手本みたいな半袖短パンで身を固めていた。つっかけたスポーツサンダル、指のあいまをすり抜ける風の温度が心地いい季節になった。夏だから髪を伸ばしていると言うと驚かれるけど、実はショートヘアがいちばん暑苦しいことを意外とみんな知らない。

 

今年初めて会った親友は相も変わらず私と正反対で、似ていないところの差分を丸ごと愛おしいと思った。私は愛が重たくて、彼女はなかなか嫉妬深くて、でもそれをお互いぶつけはしないから共依存せず健やかにやっていけてる。前に一瞬交わしただけの卒業旅行しようかという話を覚えてくれていて、大して旅行好きではない彼女が乗り気でいてくれたことにひどく感動して、いつもより多めにおどけてしまった。

 

夏のうちになるべくまた会っておきたくて、浮世絵を見にいこうって言ったら引かれるかなあなんて紅茶豆乳を飲みながら考える。紅茶の味がする牛乳って感じで脳が混乱しておいしい。最近のマイブーム。アラジンの4DXでもいいな。私があんまり人と映画館に行かないのは、親友の横でたまに無言で顔見合わせながら観る映画がいちばん好きだからっていう最強に気持ち悪い理由、絶対に絶対に気づかないでいてほしい。

 

私がもっとも愛している夏という季節になると、大好きな人たちにたくさん会いたくなる。今年も良い夏を過ごせるといいなあって願いながら、ZOZOTOWNでフェスグッズを吟味する日々である。

 

ジュブナイル

ビールの泡を覚えてもポカリスエットアクエリアスの違いはわからないままで、初任給で親にご飯を奢るなんてこともしないままアルバイトは4年目。22歳になっても友人と集えば小学生みたいな下ネタに沸くし、シーシャよりしゃぼん玉、韓国ドラマよりドラえもんを好んだ。煙草が似合いそうと言われる私がいまだにココアシガレットではしゃいでいること、教えてあげたいけど知らなくていい。

 

私よりもっと上の世代の人たちが、年ばかり食ってまだ中身は子供みたいなもんだよって笑うから、きっと還暦を迎えても中身はこのまま変わらないんだろうと思う。ならばこのまま。

 

子供の頃、つまんない大人にだけは絶対なりたくないって強く思っていた。日々に忙殺されて自動的に生きてるような、退屈な大人。その夢は叶えてあげられているけど、ここまでくだらない大人になるとも思っていなくて、笑っちゃうよね。笑ってね。

 

子供と大人の垣根なんてそんなのよくない?この先ずっとずっと子供みたいな大人でいたいから垣根なんていらない。どっちも欲しい。花火大会より手持ち花火にワクワクしちゃう人間でありたくて、それだけ。

 

終着点より

忘れられない夜だってひとたび明ければ扁桃腺も腫れて嫌んなっちゃう。あの眩さを思い返しながらうどんを茹でて鼻をすする。どれだけ強い光だって滑稽な日常に織りこまれていくからこそ忘れてなんかやらないと思う。

死ぬことを生き甲斐にしているあの子は自分の骨をブライアン・メイの農場にひっそり撒いてくれと私に言う。いつか下見に行こうと交わした約束を果たすまでは生きていてくれると信じてもいいだろうか。ついでにホーリー・トリニティ教会に付き合って私の気が狂いそうになる姿を見届けていてくれるだろうか。あれは私がいつか向き合わなければならない人生の最果ての地だから。

息継ぎなんてする暇も与えない難しい言葉を時折綴るのは簡単になんてわかってほしくないから。読点のない垂れ流しの思想はわかってくれる人だけがわかればいい。感動するような透き通った言葉だけじゃなくて棘と血に塗れた息苦しい言葉も綴ってみたいって日頃思うのは無い物ねだりだろうか。私が愛してやまないあの人の言葉のように救いにも呪いにもなりたいのは傲慢だろうか。

フレデリズムツアー ~リリリピート編~

7/7、札幌COLONYにてフレデリックを観た。

 

フレデリズムツアー2019、SEASON2 リリリピート編は、4年前の初全国ツアーと同じライブハウスを回るというコンセプトのもと全国10ヶ所で敢行された。9ヶ所目になる札幌は、180人収容というとんでもないキャパシティ(ちなみに半年前にやったZepp Sapporoは2000キャパ)。

 

チケットは激戦で、幸運にも譲っていただけることになったのは前日だった。嬉しくて夢じゃないかと思った。整列しはじめた頃にようやく実感が湧いてきて、こんな貴重なライブに行かせてもらえる奇跡を、タオルめっちゃ握りしめてこらえた。対処法が赤ちゃんのそれ。

 

ライブハウスをその形状になぞらえて 「ハコ」 と呼ぶことがある。コロニーは、私がいままで見たどのライブハウスよりも 「箱」 感が凄まじかった。小さな四角い箱に、立っているのがやっとなほどぎゅうぎゅうに詰め込まれていく。このキャパでフレデリックを観られるのはこれっきりだろうな。

 

 

 

 

 

おもむろに、ライトがジジジッと点滅する。歓声があがって照明が落ちると、『パパマーチ』が流れはじめた。怪しげな世界にいざなわれるようなSEに息をのむ。これは、思った以上にとんでもない夜になりそう。

 

私のいた場所からステージは見えなかったけれど、ひときわ歓声が大きくなって、メンバーが登場したとわかった。火を噴いたフロアに油を注ぐように鳴らされた1曲目は『SPAM生活』。

何度もイヤフォン越しに聴いたあの独特なイントロが、文字通り身体に響きわたって、どうやらとんでもない世界線に迷いこんでしまったぞと思った。最後のほうの、あの 「死んだサカナのような目をしたサカナのような生き方はしない」 のハモリに鳥肌が立った。

 

 

間髪入れず『DNAです』。初期のアルバム曲とは思えないほどの沸きよう。三原兄弟が交互に 「踊る」 「明日も繰り返していくDNAが」 と掛け合う場面で、同じDNAを受け継いでいる双子がこの曲を歌う意味に打ちのめされてクラクラした。

 

 

『オドループ』で爆発的に客席が沸く。北海道のお客さんはアツいと言われるけれど、この日の爆発っぷりは尋常じゃなかった。「カスタネットがほら」 のハンドクラップが箱いっぱいに響き渡り、「最高」 と健司さんは笑う。

フレデリックを代表するこのキラーチューンが、2015年当時には既にレパートリーに加わっていたことに改めてゾクッとする。

 

 

赤とピンクの照明が挑発的に踊る『プロレスごっこのフラフープ』。オドループでタガの外れたモッシュに押し潰され、ハイになりかかった脳味噌をこの曲でことさらグツグツに煮立てられる。音楽だけでこんなにキマっちゃいそうになることってあるんだってぐらい凄かった。

 

 

札幌のプールサイドは」 と歌い替えた『ディスコプール』。プールどころじゃない、この日のコロニーはまるで水槽だった。狭い箱のなかで酸素を求めてめいっぱい飛ぶ姿は、傍から見ればペットの魚みたいだったかもしれない。人波にのまれ、フレデリックの奏でる音楽に思うがままに泳がされていた。泳がされているのがわかっていて、それでも全身浸っていたい、この水槽に閉じ込められて泳いでいたいと思った。

 

 

 

これは流れが変わったぞ、と『パラレルロール』で思う。初期の曲ばかりやるものだと思っていたので比較的新しい曲、それもEPのうちの1曲を選んだことにニヤッとする。昔と今を繋ぐ橋渡しに 「繋いだ 繋いだ 繋いだ 繋いだ 繋いだこの世界を 選んだ未来や時代を巻き込んでさ転がってやろう」 と歌うこのナンバーを持ってくるのが小憎い。

 

 

『KITAKU BEATS』で最大限に高まったボルテージを心地よくクールダウンさせる『シンクロック』。今日ここに来ることをずっと夢見ていただけに、沁みて仕方なかった。時計の秒針の音を思わせるドラムと、「今この日をこの瞬間を待ち望んでいた」 と力強く歌う康司さん、ずっと跳びはねていた隣のお姉さんが目もとを拭っていたワンシーンが美しくてグッときた。

 

 

 

ところで私は熱烈に康司さんを推している。そんな私にはどうしても聴いてみたい曲があって、これが聴けたら死んでもいいと思っている歌があって、それがこの日やった『もう帰る汽船』であった。

 

あのイントロが鳴り、とっさにタオルで口を塞いだ。一瞬ですべて理解した。康司にも良いボーカリストになってほしいと健司さんが筋トレグッズを贈っていたこと。自撮り動画リレーの弾き語り。すべての伏線がひと繋ぎになって、「間違ってる朝を踊れる朝に」 と康司さんが歌いはじめたとき、身じろぎできなくなった。

 

骨だけ残したあなたは 私を置き去り とられたカラダを返して」 という悲痛な歌詞が、康司さんの妖しく透き通った声に乗って突き刺さる。置き去り、の 「ざ」 にアクセントを置いた歌い方のアレンジが骨身に沁みる。

間違ってるわ食い違ってるわあなた 逃げろ 逃げろ」。言葉で、声で、康司さんの描くせつなさに頭から爪先までどっぷり浸されて、4分ちょっと金縛りにあったように動けなかった。曲が終わって、康司さんが 「どうもありがとう」 と低く甘い声で言うまで固まっていた。

 

 

妖しい世界から解き放たれたと思ったのも束の間。健司さんがすうっと息を吸って 「峠の幽霊どこ行った」 と歌いはじめ、今度こそ息の根が止まった。『峠の幽霊』。

取り憑かれたような健司さんの歌声に、寒気がするようだった。さっきまであんなにフロアを沸かせていたのと同一人物とは思えない。

後ろの少年だあれ」 に続く 「後ろの少年だあれ」 という康司さんの声も。背後から忍び寄るような、首筋にうすら寒いものを感じる歌声。そして 「どこいった」 と重なるふたりの声に背筋が凍る。

 

あんなにも沸き立っていたフロアが、立ちすくんだようにじっと耳を傾けていた。声色ひとつ、演奏ひとつでここまで空気を変えられるのか。天国にも冥界にも自在に連れていけるフレデリックの表現力を見せつけられて、ただただ圧倒された。

 

 

 

 

 

ここでようやくMCへ。健司さんが 「2018年1度も北海道来れなくて寂しかった」 といったニュアンスのことを言ってくれた。去年行けなくてごめん寂しかったって、事あるごとに言ってくれるから寂しくなくて済む。ありがたい。

 

北海道に来るときは大抵雪が降っている、と康司さん。だから普通にあったかい北海道に来るのはなんだか新鮮で、こんな経験したの初めてで、みんなにとって俺らのライブもそうであったら嬉しい、みたいなことを。

 

武さんは、4年前はサポートとしてツアーを回っていたと話す。

「天井のほう見てもらったらわかると思うんだけど、蒸気がマジでやばくて。……俺いまギャルみたいな口調になっちゃったけど本当に凄くて。この、だんだん蒸気で視界が霞んでいく感じが4年前と同じだなあと思って」。

 

コロニーと掛けて 「あの "頃に" 戻ったみたいでしたね」 とコツンとしたギャグを連発する隆児さん。

隆 「あの頃に戻ったみたいやね、蒸気とか」

健 「今のとこオリジナル1個もないで。蒸気しか言ってない……あとお客さん笑ってくれとるけどバーカンのお姉さん真顔やったで」

隆 「うそやん!!(笑)あっ見ていま笑ってくれとる!手も振ってくれとるー!」

嬉しそうにバーカウンターのお姉さんに手を振るギター組がかわいらしかった。よかったね。

 

 

 

フレデリック遠くなったなとか思われてるのかもしれない。初心に帰るというのを口にするのは簡単だけど、行動で示したかった」 と健司さん。遠くなんて行かないよって実際に行動に移してくれるのなんて、フレデリックしか知らなくて、改めてそういう姿勢が好きだなあってじんときた。ホスピタリティの極み。

 

「ひとつだけお願いがあって。なにも知らない状態でライブを初めて観るのがベストだと思うから、今回はセットリストをSNSに書いたりしないでほしい。スタッフ総出で調べまくってるけど、今まで8公演ひとつもネタバレないねん。聞いてくれる?」 

リリリピート編というツアーを本当に大切にしてることが伝わってきて、熱い拍手で返した。

 

 

「懐かしい曲をいっぱいやりました。冒頭3曲なんかは初の全国ツアーとまったく同じだけど、懐かしむためにやってるわけじゃなくて」。ぐ、と健司さんの声に力がこもる。

 

「ここから最新のカッコいいフレデリック見せつけてもいいですか?」

 

 

 

 

そう言って始まった後半戦、火蓋を切ったのは『LIGHT』。健司さんのお立ち台にて繰り広げられる、隆児さんと康司さんのセッションは見物だった。「ベース!」 「ギター!」 とかわるがわる呼ばれるたびに、竿をぐっと近づけてお互い煽るように笑いながら弾く。「ドラムス!」 で加わる武さんの音色。箱だとか水槽だとか散々言ったけど、このときばかりはダンスフロアだった。

 

 

続く『シンセンス』にノックアウト。この曲の時だったかは覚えてないけど、健司さんが片手で天井のパイプを掴みながら歌っていた姿がとても良かった。

こんな類を見ないプレミアムツアーを敢行しているフレデリックが 「切り裂いて 切り開いてゆけ NEW SCENE」 と歌っていることに鳥肌が立つ。アレンジされた 「止まらないで」 のフェイクと、バンドのスタンスを投影したような歌詞の両方に魅了された。

 

 

『かなしいうれしい』はそういえば武さんが正式加入して初の曲だったよなと思い返す。そんなところにもふと歴史を感じる。健司さんが両手を顔の横に構えて、フラメンコみたいにハンドクラップを煽るの好きなんだよな。

 

 

『スキライズム』のイントロで大歓声があがったとき、康司さんが思わず嬉しそうに笑っていたのが印象的だった。

札幌公演、サビを大声で口ずさむ人がすごく多かったんだけど、そして私は合唱厨が苦手なんだけど、「純情 感情 論争 あなたのそういうところが嫌いです」 となかなか攻めたサビを一緒に口ずさんでるのはちょっと可愛すぎて笑っちゃった。好き。

 

 

『飄々とエモーション』。4年前全国へ出発したフレデリックが、初アリーナを飾るために生まれたこの曲を携えて、もう一度この小さなライブハウスに戻ってきたこと。その軌跡を思わずにはいられなかった。「伝わらない夜を越えて」、いくつもの門出を越え、同じ地で新しいスタートを切る。それがこの 「リリリピート編」 なのだと思った。

 

何度も言ったように札幌の観客はすごく元気で、蒸気で霞むどころか天井から水が滴るほど。その熱気を一極集中したシンガロングは、それはもうものすごかった。「なぁ最後の最後に生まれ変わって また始まったとしても この時間は忘れられそうにないな」 を体現したような夜だった。

 

 

 

『逃避行』。個人的にめちゃくちゃ推し曲ということもあり、ラスボス飄々を抑えて本編ラストを任されている出世ぶりに大感動した。そんな親目線で逃避行のこと見てたの私だけだと思う。変な目で見てごめんね。

 

この曲の本邦初披露は、1月の Zepp Sapporo公演であった。半年前は康司さんの透き通るコーラスが響いていた箇所は、観客が大きく声を張り上げて歌っていたし、「君と逃避行」 とバシッと終わっていた最後は、演奏を引き伸ばしてからドラムで力強く締めるアレンジに進化を遂げていた。

半年のあいだに大きく成長したフレデリックを見せつけられた気がして、ああだから目が離せないんだよなこの人たちは、って嬉しくなった。

 

 

 

 

 

アンコールの手拍子に応え、「呼び戻してくれてありがとう」 と笑う健司さん。

 

アンコールは新しいアルバムから聴いてほしい2曲を、と最初に始まったのは『夜にロックを聴いてしまったら』。

 

大きなライブハウスと違って派手な演出はないぶん、歌や演奏の良さ、考え抜かれた曲の繋ぎやアレンジがより際立っていたように思う。とはいえ照明はシンプルながらに凝っていた。夜をかたどった濃い青の照明に、春を思わせるやさしいピンクが重なる。2色のライトだけで曲を表現するのすごい。

夜にロックを聴いてしまったら 春がはじまった」。私に春風を吹かせてしまったバンドが、目の前でそんなふうに歌っている光景が夢みたいで、でも夢じゃないんだよなあってじんわり涙腺が熱くなった。

 

 

最後に聞いてほしい曲を、と話し始める。別れのことを歌った曲ですと聞いて背筋が伸びた。

「これまで、いっぱい成功していっぱい失敗した。いっぱい出会いがあっていっぱい別れもあった。出会いと別れを数えたら絶対に出会いのほうが多いのに、正直別れのほうにばかり目を向けてしまったりもした。そうやって別れてしまった人たちの思いを受け継いで俺たちなりに届けたい。受け取ったものを返したい」。

 

そう告げて、「間違ってたんだな 間違ってたんだな ふたりのあすのために」 と歌い始めた『対価』を、彼らが受け取って私たちに託してくれたその重みを忘れたくないと思った。

 

受け取るだけじゃない、受け継いでいくことで返せるものがあるはずだった。それは人によって違っていい。それが例えばフレデリックにとっては音楽を鳴らして届けることだとしたら、私に支払えるのは、それを受け取って噛み砕いて自分の血肉にすること。本人に拍手や歓声で返すこと。こんな素敵な音楽があるんだって周りに伝えていくこと。もらったものよりほんの少しでも多く返せたならいい。「受けとった分より少しだけでも優しさを覚えたかな」。

 

 

 

 

あたたかな余韻に包まれて、リリリピート編は厳かに幕を閉じた。

 

 

 

 

 

【セットリスト】

SE. パパマーチ

  1. SPAM生活
  2. DNAです
  3. オドループ
  4. プロレスごっこのフラフープ
  5. ディスコプール
  6. パラレルロール
  7. KITAKU BEATS
  8. シンクロック
  9. もう帰る汽船
  10. 峠の幽霊
  11. LIGHT
  12. シンセンス
  13. かなしいうれしい
  14. スキライズム
  15. 飄々とエモーション
  16. 逃避行

En1. 夜にロックを聴いてしまったら

En2. 対価

 

 

 

 

ざっとセットリストを眺めたら、ここでもう一度ツアータイトルを思い出してほしい。

 

そう、今回のツアーは 「リリリピート編」と銘打っているにもかかわらず『リリリピート』をやっていないのだ。攻めすぎ。

 

その理由は、言及こそしていなかったけど『リリリピート』という曲のなかにすべて込められていると私は思う。「リピートして 今までの関係も全部リセットする訳ないわ 全部背負ったまま」 という歌詞を読んでほしい。

 

4年前の初全国ツアーと同じ会場を 「リピート」 しながら、それでも懐かしさだけをなぞって思い出にふけるのではなく、今まで積み重ねてきたものを全部背負ったまま、最新のカッコいいフレデリックを各地に持ち帰ってくる凱旋ツアーだったのだと私は思う。

 

フレデリックは作風こそ奇抜だけれど、バンドの歩み方は堅実すぎるほど堅実だ。もう武道館に立っていてもおかしくないのに、バンドの地元である神戸ワールド記念ホール、そして来年はドラム高橋武の地元・横浜アリーナと、着実に歩を進めている。

 

一旦始まりの地に戻って、昔から今に至るまでのフレデリックの持ちうるすべてを惜しみなく出し切る。それがSEASON2のステップとして彼らが選んだ、横浜アリーナという次なるステージに向けた着実な一歩なんだろう。

 

f:id:bloomsky:20190709233640j:image

 

 

 

な~~んてカッコつけてまとめちゃったけど本当にすごかった!過去・現在・未来とすべてを駆け巡ってフレデリックの音楽に逃げ込めるセットリストに、4年間の、いやそれ以上の歴史を垣間見て鳥肌が立った。個人的には死ぬまでに聴きたかった曲がどっさりあって、SEからアンコラストまでずっと明晰夢でも見てるんじゃないかと思ってた。

 

歌や演奏、照明などの演出だけじゃなくて、セットリストもすべて込みでフレデリックのライブは総合芸術だなあと思う。小さいハコならではのロックバンド然としたところもちゃんとあって、すごく熱かった。こんな素敵な七夕の夜を過ごさせてもらって本当に感謝でいっぱいです。

 

 

 

「スキライズム」 と銘打ったコロニーのオリジナルカクテルも美味しかった。余韻ひたひたでほぼ自動的に飲んでたけど。鏡月ライチのレモンスカッシュ割り、宅飲みでも真似できそうで良きですね。

 

 

最後に宣伝なのですが、私の書いた『フレデリズム2』ディスクレビューが今月号のROCKIN ON JAPANに掲載されています。見開き2ページです。よろしくお願いします。

このレポは私の手癖120%って感じでたいへん濃ゆいので、誌面ではもっとスッキリ背伸びした私をお見せできるはずです。最後の一文を書くためだけに4000字費やした超力作、あなたに読んでほしいな。

夢をかなえた話 - あおいろ濃縮還元

 

 

長々と読んでくださってありがとうございました。あおでした。

 

SE

ずっと探していたチケットを譲っていただけることになったとき、こんなにも幸せなことってあるんだって思った。本当にずっと探してた。フレデリック、札幌リリリピート編。FCから一般発売に至るまで全落ちし、その日からずっと検索をかけていたけど音沙汰はなかった。

 

行きたいとか好きの大きさなんて測れない。事情なんて誰にでもあって、こういう理由があるから行きたいなんて言ったところで条件は同じだ。比べるものでもないのは百も承知だけど、私が行けたらすごくすごく楽しめる自信あるのになあって思ってた。

 

私なら会場の空気ごと持ち帰って言葉にできるのにな、と、でも仕方ないよな、の狭間を堂々巡りしては枕を濡らしてた。本当にたくさんの方々に力になってもらった。みんな全力で探してくれて、行ってほしいって言ってくれて、ああ諦めたくないなって思った。

 

しつこく募集ツイートをかけて、手応えはなくて、それでも諦められなかった。開演するまで諦めてなんてやるかって思った。ライブ当日は大事な試験があって、それでも絶対行きたくて、祈る気持ちで勉強道具と一緒にマフラータオルとラババンを詰めた。

 

だから、前日に譲っていただけることになったとき、天にも登る心地で。興奮で全然眠れなかったけどなんだか無双モードで気づいたら試験も終わってた。ふわふわしてた。チケットを引渡していただいてもまだ実感はなかった。ずっとライブのSEを聞いているような心地だった。これから楽しい時間が始まる、あの焦れったくて最強に幸せなほんの一瞬。あのときの気持ちがずっと続いているような。

 

時間を持て余し、会場近くでやっていたお祭りに紛れこむ。普段は車が往来しているすすきのの道路に座りこんで、100円の焼き鳥とビールを堪能しながら(女子大生がひとりですることじゃないってツッコミは置いといてよ)こんなにも完璧に幸福なことってあるんだ、でもこれから私はその上限を優に突き抜けてもっともっと幸せになりにいくんだよな、って気づいてしまった。

 

お祭りを楽しむ子どもたちの笑い声を聞きながら、ぼうっと座りこんでいた。少し火照った頬を初夏のあたたかい風が冷まして、頭のてっぺんから爪先までぎっしり幸せで、これ以上幸せになってしまったらどうなるんだろうってぼんやり考えた。春がはじまるどころじゃ済まされないよ。ねえ。

 

グッズを買うために腰を上げた、ここまでが私にとってのSE部分で、そのあとの本編のことは後ほどゆっくりレポにしたため直します。あおでした。

 

止まり木 御守り 祈り

数年前、親友が 「あおはいつも何かを書くために生きてるよね」 とつい零れたみたいにぽつりと言ったこと、そのとき口に含んでいた生クリームの甘ったるさなんかをずっと忘れられない。私よりも私のことを見てきた親友の言葉は、時々貫かれるほどに的を射すぎている。

 

どうこうなりたいなんて思ってない。筆で食べていく覚悟も才能も私にはない。そりゃ、人の心を揺さぶりたいとかそういうのはあるけど、どうしても伝えたいことがない限り、私は私が呼吸をするために文章を書いてる。そうしないと生きていられない気がする。歌人枡野浩一さんが詠んだ 「書くことは呼吸だだからいつだってただただ呼吸困難だった」 という短歌が、リライトの 「軋んだ想いを吐き出したいのは 存在の証明が他にないから」 という歌詞が、突き抜けるほど刺さって久しい。

 

ちょっと違うんだよな、書かないと生きていられないんだよな、とそのときは思ったものの、時間が経つにつれて彼女に言われたことが頭から離れなくなって、数年経ってもいじましく持ち続けていている。持ち続けてなんになるんだろうとは思うけど、持て余しているけれど、祈るようにその言葉をまだ止まり木にしてる。

 

今度、久々に会う彼女にロキノンを見せたら、私たちが女子高生であったころ一方的に語っていた夢の結末を見せたなら、なんて言ってくれるんだろうって指折り考えてる。そんなこと言ってたっけ?ふーん、でも良かったね、って、涼しい顔して言うんだろうな。いつ貫かれてもいいようにだけはしておこう。

 

葉桜

いつか自分の書いたものが活字になって出版されたい、ロキノン載りたいって息巻いてた昔の私に、大好きな本屋とタワレコにあなたの文字が並ぶ日が来るよって教えてあげたいと思った。

 

(詳しくはこれに書いてあるので先に読んでもらえたら→夢をかなえた話 - あおいろ濃縮還元

 

自分のレビューが載っているロキノンが店頭に並んでいるか見に行く、という、ずっとやってみたかったことをやった。

 

大通のタワレコバンプの表紙を見つけて手に取る。ジャパンレビューが載っているページを迷いなく開いた。いつも通っているタワレコに、よく読んでいる雑誌に、私の綴った言葉が並んでいる。打ち震えるようだった。何度も何度も見た夢のなかを私は歩いていて、でも整然と並んでるのは紛れもなく私の言葉で、夢なんかじゃなくて、涙をこぼしちゃわないようにすぐに閉じて店を出た。

 

 

 

中学生のころ、全校生徒代表で作文を発表することになったとき、「作文っていうより小説みたいに綺麗ですごいけど、難しくてよくわからない」 といろんな人に言われたことを昨日のように覚えてる。高校生のころ、文芸部の大会に小説を出したとき、「1年生にしては上手いんだけど高校生らしくないから審査員ウケしないと思う」 と苦笑されたことも覚えてる。すごいけどわからない、上手いけど高校生らしくない、そんなことを言われるのが普通に貶されるよりもずっと堪えた。綺麗でも伝わらなかったらなにも意味がないのに。

 

同時に、こんなことも覚えてる。小学生のころ、私が書いた拙い小説を目を輝かせて読んでくれた友達のこと。中学の文化祭のステージで作文を発表しにいくとき、担任の先生がかけてくれた言葉と、教室を出るとき背中で受け止めたクラスメイトの拍手。文芸部で書いた作品を大好きですと言ってくれた、名前も知らない後輩の震える声。自分の言葉がだれかのなかに息づくってことを知ったいくつかのシーンを。

 

伝わらない、届かない悔しさを何度も味わった。私がなにかを書くのなんて自己満足のはずなのに、それでもわかってもらえないことはつらかった。壁に向かってひとりで喋り続けているみたいで虚しかった。だけどたまに、「届いた」 と思える瞬間が確かにあって、そのまばゆさを噛み締めて何度だって筆をとった。

 

やっと心の底から伝えたいと思うことができて、筆をとることにしたとき、怖かった。綺麗ではあるんだけど、とか、上手いけど難しくてわかんない、だとか、絶対に言われたくなかった。誰にでもわかりやすくて、でも素っ気ないわけじゃなくてきちんと美しくて、読んだあと世界の色が変わって見えるような、ずっと心に残るような、感情を揺さぶれるような、そんな言葉を紡ぎたかった。それがうまくいったのかどうかの判断は、読んでくださったあなたに任せるけれど、私としては上出来だったと思う。

 

 

いかに伝わる言葉でフレデリックの素晴らしさを語れるか試行錯誤しながら、それでも私にしか出せない私らしさをふんだんに練り込んだつもり。カチッと背広を羽織りながらも中にピンクのシャツを着ちゃうような、フォーマルさと個性のバランスにとても気を遣った。初心者には納得して、玄人は共感して、私のことをよく知ってる人はニヤニヤして読んでくれたら嬉しいなと思う。

 

 

そして、書き上げた時は 「これが載らないでなにが選ばられるっていうんだ?」 ってぐらい自分では自信作だと思えたけれど、発売日が近づくと、まあ実際手に取ってくれるのなんて友人くらいだろうし、そのなかで良いと思って感想をくれる人なんてほんのひと握りだろうって思ってた。だから、FF外の方からも感想をいただいたり、自分では思ってもみなかった温かい言葉をたくさんたくさん掛けていただいて、本当に毎日泣いてる。泣いちゃうってここ数日で死ぬほど言ったけど、文字通り本気で泣きまくってる。嬉しすぎて。

 

お察しの通りたくさんの伏線を張り巡らせたし、小ネタも山ほど仕込んだ。構成も練りに練った。だけど、いただいたリプライのなかに 「目頭が熱くなった」 という感想が多くて、実際泣かせようとまでは狙っていなかったので、嬉しすぎる誤算に私が泣いてしまった。泣きすぎ。涙のプール作れちゃう。

 

本当に、届いてよかったと思う。私の世界を変えたこのレビューが、読んでくださったあなたの世界を少しでも色づけてくれていたらいいなと思ってる。

 

まあ、こういうことって表に出さないでいたほうが格好いいんだろうけど、私はスターじゃないので。生身の人間だから。ちょろっと本気出したら夢叶っちゃいました~♡みたいな奴だと思われたくなかったひねくれた女の長い長い弁明でした。途方もない下積みのもとに今があるから、自力で着実に叶えたから、今回ぐらいはもうちょっと浸らせておいてほしい。

 

 

 

 

 

 

長年の夢が叶って、次に叶えたい夢という夢はないけれど、目指すべき姿はもう見据えている。持ちうるすべてを全力投下して書き上げたこのレビューが一発屋では困るのだ。今のところ最高傑作だと胸を張って言えるけど、これが人生の最高傑作になってしまっては困る。まだしばらく噛み締めてはいたいけど、これで満足するつもりは全くない。このクオリティのものを常に書けるように精進したい。それが当面の目標。

 

わかりやすさと複雑さのちょうどいいバランスの上に立つ、一見涼しいけど芯は熱い、青い炎みたいな言葉を紡げる人でありたいって思ってる。日本家屋のもつ無駄のないシンプルな美と、西洋建築の過剰すぎる着飾った美しさ、私は欲張りだからそのどっちも欲しい。

 

 

いつかの私に、大好きな本屋とタワレコにあなたの文字が並ぶ日が来るよって教えてあげたい、けど、タイムマシーンがあったってきっと教えないからせいぜい頑張ってここまで来て。待ってる。